第5話 賞金の受け渡し
「一等賞です! 大当たりです! おめでとうございます、貴方は100億マニーを手に入れました!」
今までの店内とは比べ物にならないほど広く、豪華な部屋。
ピシッとタキシードを着こなした男が、リリアに祝福の言葉を贈った。
一方、煌びやかなソファに座っているリリアは、男が口にした数字の途方のなさに眩暈がしそうになる。
「は、はあ、ありがとうございます……」
とりあえず、リリアはぺこりと頭を下げた。
そんなリリアの反応を見て、男は怪訝そうな顔をする。
「おや、思ったよりも喜ばないのですね」
「えっ、あっ、ええと……」
実は未来の情報で当選番号を知っていた分、驚きはそこまでじゃなかった……などと言えるわけもなく。
「ちょっと、現実を受け止めきれないと言いますか……」
嘘は言っていない。
以前、どこかの文献でハルーア王国における平均生涯年収が2億という情報を見た。
実にその50倍もの大金が、この一瞬の間に手に入ったのだ。
すぐすぐに実感を得られるわけがなかった。
「ああ、なるほど。無理はないです。100億ですもの、一般人がピンと来る額ではありません」
どうやら男は、服装からリリアを庶民と見ているようだった。
はやる気持ちを抑えきれず、リリアは尋ねる。
「それで、賞金はいつ頂けるのでしょうか?」
「必要であれば、今すぐにでも。本来であれば今から、高額賞金獲得を祝して、私どもの方でささやかなパーティを開催できればと考えているのですが」
「今すぐ頂きたいです!」
身を乗り出しリリアは声を上げた。
頭の中は、早く首都を離れなければという考えでいっぱいだった。
そんなリリアを見て、男はどこか微笑ましそうな笑みを浮かべて。
「わかりました。それでは、受け渡しに入りましょうか。賞金はどのようなお渡しを希望ですか? 銀行に振り込み、証書、現金は……とんでもない重量になるので、お勧めはしませんが……」
男の提案に対し、リリアは思考を深める。
現金は論外だ。
自分の体重の何倍もの重さのお金に押し潰されて窒息死してしまうだろう。
銀行への振込はオーソドックスな手段に思えたが、そもそもリリアは口座の開設すらしていない。
これから口座を開く時間も無いし、万が一家族に見つかったら凍結されてしまう恐れがある。
(となると、証書かな……)
証書はいわば、『このくらいのお金を保有している』という証明書だ。
その証書を銀行に持っていけば、記載されている金額内でお金を引き出すことができる。
盗難や紛失のリスクを考えると、100億もの証書を持ち歩くのは正気の沙汰では無いが、手段としてはこれが一番現実的に思えた。
そもそも家出して国外逃亡をしようとしている時点である程度のリスクは覚悟しなければならないだろう。
(それに……今の私の格好から、大金を持っていると思う人はいないよね……)
自嘲気味に考えた後、リリアは男の目を見据えて言う。
「一部を証書にして、残りは現金……でお願いできますか?」
「もちろんでございます。割合はどうしましょう?」
「現金で1000万、残りは証書でお願いします」
「かしこまりました」
男は恭しく頭を下げると、一度奥の部屋に引っ込む。
程なくして、男は厚みのある封筒と見るからに豪華そうな紙を手にやってきた。
「こちらが現金1000万マニーと、証書でございます」
「あ、ありがとうございます」
まずは証書を受け取る。
紙面の中央には99億9000万マニーの記載。
そして右下には、この証書が確かに99億9000万マニーの価値を持つものとして、ハルーア王国でも指折りの財閥にしてこの宝くじの主催でもある、シリウス商会の紋章が刻まれていた。
次に両手で抱えるほどの大きさの袋を受け取り、中身を確認する。
中には厚みのある札束が10個、合計1000万マニーが入っていた
こちらの方が『お金』の実感としてはリアルで、リリアは思わず生唾を飲んだ。
「確認いたしました、問題ございません」
「何よりでございます。それでは、受け渡しが完了いたしました。どうもお疲れ様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「いえいえ、とんでもございません! それでは……」
きらんと、男の目の奥が光った。
「晴れて貴方は高所得者の仲間入りとなりました! つきましては、シリウス商会からいくつか投資プランを提案させてください」
「と、投資……?」
「ええ、ただただ100億マニーを持っておくだけじゃ勿体ない! 私どもとしては、今回の賞金をより増やすお手伝いをさせていただきたいのです」
男が急に熱の籠った声で言葉を並べ始めたことで、リリアはなんとなく察した。
この豪華な部屋も、丁寧な扱いも、全てはこの提案のために用意されたものだと。
「これまで、お金はただ持っておくことしかできませんでした。でも、今は違います! お金がお金を産んで、働かなくてもお金が増えていく仕組みが近年整いつつあるのです! 不動産や貴金属、土地や株価などを購入しておくと、あとは放っておくだけで……」
「あっ、ご、ごめんなさい、投資とかは、その、結構です……」
投資……それは、ここ数十年で流行し始めている新しい概念だ。
リンドベル家の財政周りを処理しているのもあって、リリアはある程度投資についての知識を保有している。
その上で、この提案を受けるべきではないと判断した。
今の優先順位の第一位は、一秒でも早くこの国から脱出すること。
資産運用や投資のことは、まず自分の身の安全が保証されてから考えるべきことだ。
「おっと、失礼いたしました。馴染みのない言葉で混乱させてしまいましたかね。でも大丈夫です! そのために私という資産運用のプロがついております。資産運用や投資の仕組みについて、私が一から懇切丁寧に説明致しし……」
「本当に大丈夫ですから!! もう帰してください!」
リリアが声を荒げる。
しんと、部屋に静寂が舞い降りた。
「ごめんなさい……私、この後予定があって、今すぐ帰らないといけないのです」
まさか国外脱出する予定があるとはいえず、それっぽい言葉を口にする。
「……なるほど、そうでしたか。それは大変失礼しました」
男はにこやかな笑顔のまま頭を下げたが、リリアは見逃さなかった。
この時初めて、男が不服そうな顔をしたのを。
「それでは、また後日にでも、ご興味がございましたらこちらの住所にぜひ」
そう言って男はリリアにポケットサイズの紙を手渡した。
紙には男の名前と、シリウス商会の住所が記載されていた。
ハールア王国のみならず、国外の拠点の住所も記載されているあたり、商会の巨大さが窺える。
なにはともあれ、帰れる空気になってリリアは胸を撫で下ろした。
「きょ、今日はありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。歴史的な瞬間に立ち会えて非常に光栄でございます。それでは、お帰りはこちらから」
「あれ、出口はこっちじゃ……?」
行きとは違うドアを促されて、リリアは尋ねる。
「裏口から出てください。貴方は大金持ちになったのです。表口には、高額当選者の匂いを嗅ぎつけて待ち構えてる連中もいるかもしれませんので」
「な、なるほど……」
大金を持つとそういう危険性が上がるのかと、リリアは息を呑んだ。
「それではお客様、良い人生を」
男のそんな言葉に見送られて、リリアは店を後にした。
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