第12話 本当の真相

警察が到着して、事件の概要を岸くんが説明をしている。

白洲は救急車で病院に運ばれていった。予断を許さない状況なのは変わらないが、とりあえず一命はとりとめそうだ。

さすが、医大生だ。五十嵐と宇田の応急処置は早かった。


今は、オーナー以下みんな食堂に集まっている。

さっきから紫音は下を向いたままずっと考え込んでいる。

僕も事件の事をもう一度振り返って、この結末が本当に正しいのか考えていた。


紫音は僕と同じことを考えているんだろう。


紫音がおもむろに立ち上がって言った。

「みなさん。今回の事件についてお話したいことがあります。聞いていただいてもよろしいですか。」


食堂にいた全員が紫音に注目した。


「これは、俺の推測にすぎませんが、この事件の真相が分かりました。」

「真相って、白洲さんが犯人なんじゃないんですか?遺書まで書いて…」

五十嵐が言った。

「白洲さんはどなたかを庇って、自殺をした。事件には何らかの関与もあると思うけど、そもそも第1の事件に関しては白洲さんの犯行では不可解な点が多くある。だから、白洲さんは誰かを庇っている。

そういう事だよね。紫音。」

僕が言うと、紫音が頷いて続けた。


「まずこの事件を解くカギはひとつ目の事件にあると思います。

手塚さんの事件。これは手塚さんの自室での殺害ではないかと思っていましたが、彼は自室で殺されていたのではなく、別の場所で殺されていたのです。まず、不自然な血痕の後、そして雪中に置かれた遺体。

この事から、手塚さんは他の部屋で殺害され、自室で殺害されたように工作されたうえで、雪の中に放置されたのではないかと仮説を立てました。

雪には足跡等はなかった。ということはだれかが運んで雪に置いたわけではない。

すると、手塚さんの上の階から手塚さんが突き落とされたことになる。

香川さん。あなたの部屋から。」

香川美月は黙ったまま下を向いている。みんなが一斉に香川のほうを見た。


「でも、血痕は?血痕は手塚さんの部屋に残ってたんでしょ?どうやって?」三条が言った。


「これも憶測ですが、手塚さんはお酒をすでに飲んでいた。そのうえで睡眠薬入りのお酒を飲まされ、眠らされていたのでしょう。眠った手塚さんを殺害、その前かその後に採血をして手塚さんの部屋を殺害現場に偽装した。そして、部屋の鍵を閉め香川さんの部屋から手塚さんを突き落とした。ちがいますか?香川さん。」


「そんな、美月。嘘よね。」三条が悲痛な声で話しかけるが、それでも香川美月は下を向いたままだった。

「でも、女性の力で手塚さんをしかも死んでいる状態で部屋から突き落とすのは難しいんじゃないかな。紫音。」

「そうだね、迅。実際、香川さん一人での犯行では難しいんだ。それについては、あとで話そう。

第二の殺人。本庄さんの事件はもう少し複雑になりますね。

この第二の殺人の現場が不自然なんです。中途半端に自殺に見せかけようとした痕跡。そして、意味がないように見える密室工作。

これは、複数の人物が殺害に関わっているのではないかと推察します。


まず、一人目が本庄さんを殺害しました。それを知ったもう一人が、自殺に見せかけようとした。でもできなかった。次に密室の様な細工をした。

このように2人から3人の人物が関わっているため、不自然な点も多く事件を複雑にしている。

たぶん、本庄さんを殺害したのは白洲さんでしょう。なぜ白洲さんが本庄さんを殺害したのか、それはある人物に罪を重ねてほしくなかったからなのではないかと思います。

そして、本庄さんを殺そうと部屋にきた二人目の人物は、すでに殺されている本庄さんを見て、とっさに誰が殺害したかを予想した。

その人に罪が及ばないように自殺である工作をしようとした。

でも、途中で何かハプニングが起こり、まぁ三人目の人物が部屋に来る音でも聞こえたのでしょう、部屋を出た。

その後、3人目の人物が本庄さんが殺害されているのを見て、とっさに密室の工作をしようと思った。そして、部屋の鍵とアイスピックを自室から外に投げた。」

紫音が話し終わり、その場に沈黙が流れた。

いたたまれない空気が漂う中、香川のすすり泣く声が響いた。


「美月さん。そして、宇田さん。そうですよね。」

僕はがそういうと、宇田と美月が顔を上げ、覚悟を決めたような表情をした。


「そうです。この事件は僕がすべてやりました。美月は僕に巻き込まれただけなんです。」

「健。私は巻き込まれたんじゃない。私だって。

私だって、紗枝姉さん大好きだったの。少しの間だったけど可愛がってもらった。あの紗枝姉さんがあんな姿になって許せるわけない!!」

宇田に泣きながらすがる香川を、宇田がそっと引き離して

「美月、もういいんだよ。君は巻き込まれただけなんだ。」と言った。


「僕は、施設で育ちました。僕には姉がいたんですが、姉は施設から養子に迎えてくれる家族ができて、僕が小学生の頃に別れました。

姉はその家族と幸せに暮らしていたんですが、一年前事故に会い、今も意識が戻らず、都内の病院に入院しています。ひき逃げでした。

犯人はまだ捕まっていません。


ある時、手塚が事故を起こして乗っていた車を廃車にしたという話を、手塚が酔っぱらってべらべら喋ったんです。飲酒運転でその頃付き合っていた本庄とドライブ中に人をひいたと。

場所や、日時、時間など色々、奴はこの僕にべらべら喋ったんですよ。

姉がひき逃げに会った場所でした。日付も時間も一致していました。

手塚も本庄も、姉を放置して逃げたんです。そして、今もベッドに縛り付けられている姉の事なんかこれっぽっちも気にかけることなくのうのうと生きている。それが許せなくて。どうしても許せなかった。

だから、復讐をすることを計画しました。」


やっぱり手塚は事故を起こしていたのか。しかもひき逃げで。

それで車を廃車にして、事故を隠蔽した。

しかし、それが自分の身近にいる友人の関係者だったなんて思いもよらなかったんだろうな。


すると香川美月が話し出した。

「1か月前に私と健が偶然再会したんです。私は結婚が決まってブライダルチェックをしに病院に。その時、健が紗枝姉さんのお見舞いに来ていて。小学校で私が転校して以来だったけどすぐわかった。

紗枝姉さんの事も聞いて、そしたらその本庄という元カノが私の同僚と知って、これは運命なんじゃないかと思ったんです。

私の結婚は親が勝手に決めてきた結婚だったんです。母が再婚した相手はお金持ちだけど最低な男でした。お金のためなら何でもする。自分の会社が傾いてその資金を調達するために、私を取引先の銀行のボンボンと結婚させる男です。

私は結婚するのが嫌だった。でも言いなりになるしかなかった。

だから、健君に復讐の計画を持ち掛けたんです。結婚の話を無茶苦茶にしたかったのと、紗枝姉さんへの復讐、それが私の動機です。」


宇田の静かな目の色に比べ、香川美月の眼の色は冷たい炎がたぎっているようだった。この二人はきっとすごい覚悟で今回の事件を起こしているんだろう。でも、何があったとしても人を殺めることは許されることじゃない。


「健君が手塚とのこの旅行を計画していることを聞いた時、杉咲さんの事を思い出したんです。そういえば山荘を経営しているって。

だから健君と示し合わせて宿泊の予約を取りました。まさか、そこに本当のお父さんが現れるなんて思ってもみなかった。」

香川美月はふっと笑って悲しそうな顔をした。

こんな形で親子の対面なんて、残酷だよな。


「僕たち二人は、もともと知り合いだと手塚達に知られると警戒されると思ったので、知らないふりをしていたんです。

予約を入れる際も、日付をずらして気づかれないように細心の注意を払って。オーナーの杉咲さんがもしかしたら僕たちの事を気づくんじゃないかと心配でしたが、それなら何かしらで口止めすれば大丈夫かと思ってました。

美月がかかわったのはここまでです。あとは僕がやりました。」


「嘘よ。私も同罪よ。なんでそんなに…」

「美月、もういいよ。

紫音さん。あなたの言う通りです。あの夜、手塚を美月の部屋に呼び出しました。美月が手塚と飲みたいといっているといって、部屋に呼び出したんです。そして、お酒に睡眠薬を入れ眠らせ、手塚の血液を採取したうえで、用意してあったつららで胸を一突きしました。

その後、手塚の部屋に行き手塚が部屋で襲われたように細工をして血痕も残して鍵を閉め、美月の部屋に戻り、手塚のポケットに鍵と脅迫状を入れて手塚をポーチから突き落としたんです。これに関しては美月は関わっていません。凶器のつららは、風呂場の洗面で処分しました。」


やっぱり桜ちゃんが見た氷の塊と血痕はその時の凶器だったんだ。

つららはかなり固い氷になるから、なかなか融けなくて朝まで融け残っていたんだろう。処分するには溶かせばいいから簡単そうに見えるが、融け残るということを想定しなかったんだろうな。


「なるほど。血痕が不自然な残り方をしているのでおかしいと思っていました。ベッドの近くに血だまりがあった。にもかかわらず、遺体を引きずったような跡はなかった。本来ベット周辺で殺害された遺体を外に突き落とすのなら、引きずったり動かしたような跡があってしかるべきなのに、それがなかった。そこから、もしかして殺害現場を偽装しているんではないかと推理したんです。」

紫音が言った。


「本庄さんの事件についてはどうですか?」僕が宇田に尋ねた。


「本庄も僕が殺しました。

手塚の殺人について話があると、犯人が分かったから話をさせてくれといったら、警戒しながらもドアを開けてくれました。

そして、僕は本庄の首を絞めて殺しました。

僕は、朝になってみんなが起きたら全部僕がやったことだと自首しようと思ってました。そしたら、今朝白洲さんが森に入って自殺を図ったって。しかも今回の事件は自分がやったと遺書まであると。

僕は、何が何やらわけがわからなくて。」

宇田は、項垂れてその場に座り込んでしまった。


「僕の憶測にすぎませんが、その後に白洲さんが本庄の部屋に入ったんでしょう。

本庄が殺されていることを知った白洲さんは、本庄が自殺を図ったように細工をしようとした。

天井にロープをかけ丸椅子を置き本庄の首をロープにかけようとしていたところに、誰かが部屋に来る気配がしたんでしょう。

途中であきらめて部屋を出てしまった。その次に部屋に入ったのは、香川美月さん、あなたですよね。」

そう僕が言うと香川が顔を上げ覚悟したように話し出した。


「そうです。薬の作用から目が覚めた私は健君一人でやらせるわけにはいかないと思ってえみりの部屋に行ったの。そしたら、もうすでにえみりは死んでいた。そして自殺に見せかける細工がされていた。だから、部屋の鍵と部屋にあったアイスピックを持ち出して、自分の部屋からえみりの部屋の下になるように投げ捨てたのよ。自分でもなんでそんなことをしたのかわからない。でもそうすればえみりが手塚を殺して自殺したんだって思われるかなって。なんか私、浅はかよね。まさか本当の父が私たちを庇ってくれるだなんて。」


「白洲さんはあなたたちの罪もすべて背負うつもりで、森へ入って行ったんでしょうね。きっとあなたたちの会話をどこかで聞いてしまったんでしょう。美月さん、あなたを守るために。そして宇田さん、あなたに美月さんを託すために。」

僕が締めくくると、香川が堰を切ったように泣き出し、宇田も嗚咽を漏らした。


「宇田さん。香川さん。詳しい話は署で伺うことになります。」

宇田と美月は地元の警察に連行されていった。


警察の現場検証も終わって、僕たちの事情聴取も一通り終わり、警察からはまた何かあれば連絡しますからといわれ、僕たちは、5日ぶりにやっと家に帰れることになった。


「紫音、お手柄だったな。所轄が感心してたぞ。」

所轄の警察と色々やり取りをして戻ってきた岸くんが言った。

「ほんとに、鋭い推理だったね。でもなんか、悲しい結末だね。」

僕もいうと、

「どんな理由があるにせよ、人を殺めるのは駄目なんだよ。

でもさ、あの時こうしていれば…ってのみんな何かしらあるんだろうな。俺も思い返せば、色々あるよね。やっぱり。」

紫音が遠い目をしている。

「なに、意味深だね。」

「あ、いや。何でもない。さて、帰りますか。」

道にはまだ雪が多く残っているが、除雪もされて走行できるようになっていた。日差しが雪に反射してかなり眩しい。

「おい、紫音。また道間違えるなよ。」

「じゃ、岸くん運転してよ。」

「え!?やだよ。そんなの命いくつあっても足りないじゃん。紫音が運転しないなら俺がするよ。」

命の危険を感じるのは、しばらくいいかなぁ。


僕たちはやっと、この雪の六花荘から脱出できたのであった。

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