第7話 それぞれの思惑
桜ちゃんと二人でカードゲームをしながら、僕は食堂にいる宿泊客の動向を観察することにした。
女性陣は3人で固まって話をしている。
大学生の2人はさすがに同じグループのメンバーが殺されたということもあって、2人とも黙ったまま離れて座っている。
あと、もう一人の宿泊者、白洲は1人でコーヒーを飲みながら本を読んでいるようだ。
「桜ちゃん、お友達とはいつも何して遊ぶの?」
「迅兄ちゃん。私、実は学校行ってないの。ストライキ中なの。だから、最近は1人で遊ぶことが多いかな。」
「え?あ、ごめん。嫌なこと聞いちゃったかな。」
「ううん。大丈夫。あのね、なんで虐めた子が学校に普通に登校出来て、虐められた子が学校行けなくて転校とかしなきゃいけないの?迅兄ちゃん。おかしいと思わない?だからね、ストライキなの。
私、こう見えても成績は学年トップなんだから。でも、私が学校行かなかったら、先生びっくりでしょ?校長先生とあと教育委員会にもお手紙送ってるの。それで何かお返事きて、解決できるようなら学校行くんだ。」
「そっか、桜ちゃん、すごいね。」
「でも、本当は学校行きたいんだけどね。毎日つまんないよ。」
そういう桜ちゃんはちょっと大人びてて、でもまだまだ小学生で可愛くて、本当に学校に行きたいんだろうなぁ。と思った。
ふと、食堂を見渡してみる。
食堂内はピリピリした空気が漂い、みんなが疑心暗鬼になっているようで、不安と苛立ちに満ちている。
女性陣の中で本庄えみりが、かなり神経質になっているみたいだ。
「私、怖いのよ。手塚が殺されたのよ。よくそんなに平気な顔していられるよね。」
「えみりさん、なんでそんなに怖がるの?手塚さんが殺された理由知ってるんじゃないの?だからそんなに怖がっているんじゃないの?」
最年少の香川美月が言った。
「美月ちゃん。元カレが殺されたのよ。そんなこと言うもんじゃないわ。」三条二葉がえみりを窘める。
「それに、私も同じところに殺人犯がいるなんて怖いわ。美月は平気なの?」
「平気なわけないじゃないですか。でも、えみりさんみたいに取り乱したところで、下山はできないですし、それなら冷静になったほうがいいといってるんですよ。それに、私は殺されるいわれなんか無いですもの。」
すると、突然五十嵐が、
「おい、本庄とか言ったな。お前なんじゃないのか?手塚を殺したの。
どうせ、手塚と付き合っているときになんか弱みでも握られてたんじゃないのか?で、それで脅されたんだろ?
なんかしおらしくおびえた風にして白々しいんだよ。」
と、本庄えみりに突っかかった。
「なんですって?冗談じゃないわ。なんであんな奴を私が殺さなきゃならないの?たしかに、あんまりいい思い出なんかないわよ。でも殺しなんかしないわよ。」
すごい形相で本庄えみりが応えた。
「おれ、見たんだぞ。昨日の昼間、あんたと手塚が言い争ってるのを。あんたじゃなきゃ誰だってんだよ。」
「確かに、昨日の昼間あいつと話はしたわよ。でもあんまりいい別れ方をしてないから、お互いこんなところで会いたくなかっただけよ。
あんたじゃないの?どうせ、手塚に弱みとか握られてるんでしょ?」
本庄えみりが、立ち上がって五十嵐の所に殴り掛かりに行く勢いだった。
「まぁ、落ち着きましょう。」
その時、白洲が本庄と五十嵐の間に入り、2人に言った。
「ここで、争ったところで犯人が名乗り出るわけではないですし。幸い警察の方もいらっしゃるようですから、みなさん大人しくしていましょう。」
五十嵐は間に入った白洲の胸倉をつかんだ。
「っけ。そんな紳士面しているあんたこそ、殺人鬼なんじゃないのか?」
「お仲間が殺されたんです、自棄になるのはわかりますが、その言葉は聞き捨てなりませんな。」
白洲も応戦しそうな雰囲気を出していたので、僕が止めに入った。
「ちょっと、みなさん。落ち着きましょう。不安なのはよくわかります。でも、ここでみなさんが浮足立ってしまえば、余計危険だと思いますし。桜ちゃんも怖がってますし。」
白洲が僕と桜ちゃんを見て、少し冷静になったのか、深い息を吐いて言った。
「そうですね。取り乱しました。すいません。」
五十嵐はフンっとそっぽを向いて部屋を出て行ってしまった。
そりゃ、流石にぴりぴりするよな。
その入れ違いに紫音と岸くんが食堂に入ってきた。
「何かあったのか?」と紫音が
「ちょっと言い争いがね。みんな落ち着かないのよ。雪に閉じ込められてるし、そのうえ殺人事件だから。で、事情聴取はどうだったの?」
「それについては、向うで話そう。桜ちゃんはパパとママの所でいられるかな?」岸くんが言うと、
「うん!迅兄ちゃん。また遊んでね。」と桜ちゃんはバイバイと行ってしまった。
「で、どうだったの?」
僕と紫音の部屋に戻った僕は、2人に事情聴取の内容を聞いた。
「うん、とりあえず事件を一度整理しよう。
まず、手塚が殺害された時刻だけど、23時ごろまで、医大生の3人は食堂で飲んでいたらしいから、手塚はその後自室で殺害され、昨夜、雪かやんだのが大体午前2時ごろなので、それ以降に突き落とされたとかんがえられる。だね、岸くん。」紫音がそういうと、岸くんが
「そう。まぁ、この宿泊者全員に言えることはほとんどだれもアリバイはないという事かな。杉咲家族以外はみんな1人部屋だし、全員が就寝中か部屋で一人でいたと答えたよ。」とつなげた。
ふと、僕は桜ちゃんの話を思い出した。
大浴場の掃除の際に見つけた氷の塊の話。僕は桜ちゃんから聞いた話をした。
「その時間についても関係すると思うんだけど、これは桜ちゃんから聞いた話。桜ちゃんが透さんと大浴場の掃除をしていた時に、脱衣所の洗面につららが解けたような氷の塊と血痕の様な赤い染みを見たらしい。
その時間が大体6時半ぐらいらしいから、死亡推定時刻は2時から6時半ぐらいの間ということになるかな。あと、凶器は僕もそのつららじゃないかと思うんだ。」というと、岸くんが頷いていった。
「なるほど、つららならナイフなどで少し鋭利にすれば傷口の形状と一致する。これだけ気温が低ければ相当固い塊になるだろうしな。」
「しかも、溶けてしまえば無くなるから処分に困らない。指紋も残らない。」
凶器がまだ見つかっていない現状では桜ちゃんの推理が、一番有力な凶器候補だ。ただ、そのつららがすでに溶けてしまっている今となっては確かめるすべがない。
「凶器はいったん置いといて、手塚との関係性を検証しよう。」
紫音が言うと、岸くんが話し始めた。
「まず、手塚のグループの2人だけど、五十嵐も宇田も手塚とは色々ありそうなんだ。五十嵐は宇田が手塚に恨みを持っているというし、宇田は五十嵐が手塚に弱みを握られていると証言している。宇田は手塚に借金があるのは迅も聞いていたよな。五十嵐はどうやら、入試に関してやましいことがあるようなんだ。詳しくは言わなかったが、それをネタに脅されているんじゃないかと、宇田が証言している。
アリバイについては、2人とも23時半ごろには自室にいたといっている。そして、五十嵐は昨晩泥酔していたらしく、朝までベッドの中だったと証言したし宇田も自室からは出ていないということだった。」
「なるほどね。」
宇田にも五十嵐にもアリバイが成立しない。そして、手塚は23時ごろまでは生きていたという事か。しかも、2人とも手塚には恨みがあるようだ。
続けて岸くんが、
「で、あの女性グループについてだけど、まず本庄えみり。彼女は手塚の元交際相手だけど、1年前に別れている。別れた理由は手塚の女癖の悪さにほとほと愛想が尽きたといっていたけど、どうもほかに理由があるみたいなんだ。これは香川美月が証言したが、なにか二人の間で都合の悪い事件が起こって、それが原因で別れたんじゃないかと思うって。手塚が女癖が悪いとかそんなこと、一度も聞いたことがないって言ってた。
香川美月自身は、春に結婚が決まっているらしいが、結婚についてはあまり触れてほしくないような感じだった。意にそぐわない結婚なのかもしれない。あ、これは本庄の意見だけどな。
三条二葉については、どちらかというと二人の調整役という感じかな。でも、本庄にはあまりいい感情は抱いてなさそうだった。本庄自身の物言いがきついんだろうな。」
香川美月の結婚が触れてほしくないってのも気になる点かもしれない。
あと、手塚と本庄の別れた理由。それが事件のカギになるような気もするけど。
「なるほど。女性グループも色々問題ありなんだね。」
「そうだな。」紫音が答えた。
つづいて、紫音が、
「白洲秀夫については、昨夜は23時ごろに部屋に戻って24時ごろにベッドに入ったらしい。でも眠れずに2時ごろまで考え事をしながらベッドで横になっていたようなんだ。
その時に2時ごろに何か物が落ちるような音を聞いたといっているが、落雪だと思って気にしてなかったらしい。」
「彼はどんな人なの?」
岸くんが頷きながら言った。
「うん、会社役員をしているという話だった。若いころに離婚を経験しているようで、別れた奥さんと娘さんがいるといっていた。風のうわさで娘さんが近々結婚をするんだと聞かされたらしいよ。」
白洲。紳士のように見えるが、中身はどうだろうか。一人でこの山荘に宿泊しているのも気になるし。
「白洲さん。少し気になる人ではあるね。」
「そっか、あと杉咲夫婦は?」
次は紫音だった。
「雪さんは桜ちゃんと20時ごろに部屋に戻って就寝。透さんは片づけなどをして25時ごろに就寝したそうだ。
その間、怪しい物音なんかは聞いていないと言っている。だけど2時ごろに大きな何かが落ちるような音がしたといってて、ただ落雪が多いからその音だろうとあまり気にはしていなかったらしい。
透さんと雪さんは今朝5時に起きて6時ごろに桜ちゃんが起きてきたらしい。それからは朝の準備にかかったって。」
「ふーん。そうか。僕たちが食堂に降りて行ったのが大体9時ぐらいで、ほとんどの人たちが朝食を食べている最中だったから、みんな8時から8時半ぐらいに起きてきて食堂にいたってことでいいのかな。」
紫音が答えた。
「それでほぼ間違いないだろうね。」
「なるほど。全員アリバイはないわけだ。」
「これを踏まえて、さて、迅ならどう思う?」
紫音が僕に聞いてきた。
「うーん、そうだね。心象的に一番怪しいのは、同じグループの五十嵐か宇田かな。日頃の恨みからの犯行ってところか。でも、それぐらいで人を殺すかな。
本庄えみりも怪しいけど、彼女ではつららで手塚を刺すのは難しいかと思うし。ただ、本庄えみりが手塚と別れた理由ってのは気になるよね。」
「そこなんだよ。その本庄えみりと手塚が分かれた理由が、この事件のカギを握っている気が俺もするんだわ。」と岸くん。
「あと、密室のトリックね。どうやって犯人はあの部屋から出たのか。」
「そうだね。」
密室のトリック。これもまだ解けていない謎の一つだった。
この事件の謎はまだまだ解けていない。
でも、僕らの知らないところで事件はさらに動き出していた。
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