第2話 六花荘
「なー、この雪やばいんじゃない?前見えないし、どんどん積もってきた。やっぱりコテージにもう一泊するべきだったんだって!」
運転している紫音が、さっきからぶつぶつ言いながらハンドルを握っている。
「仕方ないだろー。有給とったの2日だけだったんだから。帰るときはこんなに降るなんて思ってもなかったし。そもそも、道間違えたの紫音じゃん。」
岸くんが後部座席から応える。
「はいはい、喧嘩しないの。」
僕は、今日何回目かの仲裁の言葉を吐いた。
僕たちは、3人でシーズン最後のスノーリゾートを満喫すべく八ヶ岳スキー場でスノースポーツを楽しんだ帰りだった。
どうやら、道をどこかで間違えたのか山道に迷い込んだ上、季節外れの大雪に見舞われ完全に詰んでしまった。
「とにかくどこかで泊まれるところを探さないと、凍死するか一酸化炭素中毒で死んじゃうよ。」
「確かに、迅の言う通りなんだけどな。一体ここ何処なんだよ?岸君、携帯いじってるなら、ナビしてよー。」
「ここら辺さっきから圏外なんだよ。ナビも使えないし、どうすりゃいいんだよ〜。堀田さんに連絡したいのに、できねーよ。」
堀田さんとは、刑事である岸くんの相棒だ。明日の出勤も危ういので連絡しようと試みているみたいだけど、さっきから圏外でできないらしい。
どれぐらい走っただろう、道も積雪であまりわからなくなってきた頃、行くの先に灯りが見えた。
「おい!灯りが見えるぞ!助かった!」
紫音がいち早く見つけた。
「これで、とりあえず生きて帰れるぞ。」
岸君はいつも割と大袈裟だ。
その建物は雪の中でひっそりと建っていた。
僕らは近くに車を止め、吹雪の中その建物の入り口のインターホンを鳴らした。
入り口の横には、『六花荘』と書かれた立札が寒そうにたっている。
「はい。」
建物の中から声がして、入り口の扉が開いた。
「あ、すいません,道に迷った上、大雪に遭いまして、もしよければ一晩泊めていただけませんが?」
紫音がその女性に言った。
「まぁまぁ、それは大変!とりあえず中にお入りください。部屋はありますから大丈夫ですよ。」
その女性は快く僕たちを迎え入れてくれた。
中はとても暖かく、僕たちは助かった安堵と部屋のぬくもりで一気におなかがすいてきたらしい。
三人とも盛大におなかの虫が鳴いた。
「まぁ、大変!すぐにお食事ご用意しますね。その間に、お風呂入ってこられたら?少し体を温まられたほうがいいですよ。ここは小さいですけど宿泊施設になってまして、お風呂もご家族様で入っていただけるように大きく作っております。今ならお風呂、空いていると思いますので、どうぞ、お入りください。
その間にお食事とお部屋をご用意しますから。」
「ありがたい。体が芯まで冷えそうで辛かったんです。お風呂で温まってこよう。」
僕たちは口々にお礼を言って、お風呂をいただくことにした。
お風呂から出た僕らにさっきの女性が声をかけた。
「温まりました?」
「あ、はい。ありがとうございました。すっかり温まりました。」
僕が答えると
「じゃぁこちらの食堂にお食事を用意しましたのでどうぞ。」
と、食堂まで案内してくれた。
食堂は、入り口から入って右の部屋で、すでに宿泊客らしい人たちが食事を始めていた。
「こちらへどうぞ。」
「わぁ、すごい。美味しそう!!」
岸くんがすごく嬉しそうに笑っている。
テーブルの上には、イワナの塩焼き、肉じゃが、コロッケ、ポテトサラダ。そしてご飯と具だくさんの豚汁。
「ここのオーナーシェフは、腕利きの料理人ですからね。家庭料理と見せかけて実はすごい旨いんすよ。驚きますよ。」
隣に座っている大学生くらいの男が話しかけてきた。
「へぇ、それは楽しみです。いただきます。」
僕らは奥さんにお礼を言って食事を始めた。
お腹がすいていたので、三人ともほとんど無言で平らげてしまった。
岸くんに至っては、おかわりまでしていた。
食事がひと段落したころに、先程の女性とエプロンをつけた男性がやってきた。
「ようこそ、六花荘へ。私共はこのペンションのオーナーで杉咲といいます。私が透、妻が雪です。小学生の娘がいますのでもしかしたらどこかでお会いするかもしれません。
お部屋を用意しました。こちらがカギになります。シングルとツインの二部屋をご用意しましたので、ごゆっくりお休みください。お部屋は2階になります。」
「六花って、雪の別名ですよね。もしかして奥様のお名前からとられてるとか?」
「え?紫音、そんなこと知ってるんだ!!おっしゃれじゃん。」
岸くんがびっくりしてる。
「ほら、雪の結晶って6つの花びらを持つ花のような形をしてるでしょ?だから、別名を六花っていうんだって。なんかで読んだんだ。」
「よくご存じですね。そうです。妻の名前の雪からとったんですが、実はこの建物自体も六角形の形をしてまして、建物も六花の意味を持っているんですよ。」
「へぇ、なんかご主人の奥様への愛を感じるなぁ。
あ、申し遅れました。僕は平井 紫音です。東京でバーテンダーをしてます。」
「僕は、境田 迅です。実家の酒屋を手伝ってます。」
「僕は、岸 悠馬。えっと、公務員です。」
こんな時、岸くんは刑事だと名乗ることは少ない。
「今夜はゆっくりやすんでくださいね。」
奥さんがにっこりと笑っていった。
すると、パタパタと1人の女の子がやってきた。
「ママ、この問題解けないの、教えて。」
「こら、お客様にご挨拶は?」
「あ、こんばんわ。桜です。」
「こんばんわ。お世話になります。」
僕がそう挨拶すると、桜ちゃんはにっこり笑ってくれた。
「ママ、まだお片付けあるからもうちょっと待ってくれる?」
「えー。いつもそうじゃん。」
口をとがらしてすねてる顔がとてもかわいい。
「桜ちゃん、どの問題?よかったら僕らと一緒にやろうか?」
と僕が言うと、桜ちゃんの顔がぱぁっと嬉しそうになった。
「お客様にそんなことしてもらっては…」
「あ、いや、僕たちも暇つぶしになりますし。」
「やったぁ、お兄ちゃん、ありがとう!!教科書持ってくるね。」
そういって、桜ちゃんは部屋に教科書を取りに行った。
「すみません、あの子一人っ子で。しかも今学校に行けてなくて。
私たちも勉強を見るのも時間がなくて、助かります。」
「いえいえ、僕たちも桜ちゃんとお話してたら、楽しそうですし。
寝るまでのひと時を桜ちゃんと楽しみます。」
この夜は助かったという安堵感で僕たちはとても平和な気持ちだった。
そう、朝を迎えるまでは。
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