第4話
◇
「森泉くんが前の彼女と放課後に通ってた場所とか、ある?」
その一言がきっかけで、俺は白川と駅前にあるクレープ屋に来ていた。一度だけ、本当にたった一度だけ西野とここへ訪れたことがある。デートらしいデートをしていなかった俺は、どこかへ寄ろうよと提案した西野に渋々導かれここへ来た。他校の女子生徒が群がるそこは、とてもじゃないが俺のような目立たない男が来るには少し阻まれる場所であった。それに隣に立っていたのは、俺と同様、目立たないタイプの女だ。俺はその時、恥ずかしさを覚え早く帰りたいとばかり考えていた。
「その時。何味を、頼んだの?」
白川がポツリと呟く。目の前にはクレープ屋があり、注文の順番が回ってきていた。かぶりを振ると、白川が心配げな声をあげる。「ごめん、ボーッとしてた」と返し、白川へ視線を投げる。隣には誇れるような美しい女が立っていて、あの時とは違うのだと胸を張った。
「えぇっと、あの時は……」
そう言い、チョコクッキーブラウニーを指差す。「じゃあ、それを食べようかな」。白川が頷いた。こんな時でも、元カノの痕跡を辿るのかと苦笑いを漏らし、俺はバナナホイップを注文する。
商品を受け取った他学校の生徒が「美味しそう」と姦しい声を上げながらどこかへ消えていく。その背中をぼんやりと眺めた。
────あの時の記憶、ほとんど残ってないや。
頼んだのが、チョコクッキーブラウニーだったのは覚えている。西野がそれを受け取り、地面へブラウニーを落としたから、記憶にこびりついているのだ。「交換しましょうか?」と提案する店員に「大丈夫です」と言いながらポケットティッシュを取り出しそれを片付ける西野。クスクスと背後から笑い声が聞こえていた。俺はその状況を手助けしないまま、早くしてくれないかなと苛立っていた。
その後の記憶は、ない。どこでクレープを食べたのか。その後、どこへ向かったのか。何時に解散したのか。全て、覚えていない。
ただ、残っているのはブラウニーをティッシュで拾う、西野の無様な姿だけだ。
「わぁ、美味しい」
白川が、上品な声を漏らす。クレープを細く華奢な手で包み込んだ彼女は、薄く開いた口で生地を喰み咀嚼していた。
「その後、彼女と何処で食べたの?」。その問いに答えられなかった俺は、近くに設置されたベンチを指差し「あそこで食べたよ」と嘘をついた。彼女は「じゃあ座ろうか」と俺の手を引きベンチへ腰を下す。
────何処までも、嫉妬深いんだな。
俺は内心、そう思いながらクレープにかぶりつく。甘さが口に広がった。
「あれ? ……森泉くん?」
クレープを半分ほど食べ終えた頃、不意に声をかけられた。その聞き覚えのある懐かしい音に、心臓が跳ねた。まさかと思い、声のした方へ視線を投げる。
そこには西野が立っていた。今はもう大学へ行き、地元にはいないはずの彼女。そんな彼女が何故か、ここに居る。俺は驚きのあまり「なんで?」と口走った。
「わぁ、久しぶり。大人っぽくなったね。いやね、実家にちょっと用事があって……」
「西野先輩!」
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