第3話
◇
「ごめん、痛い」
そう言われ、俺は彼女の鼓膜に残るほど大きなため息を漏らした。すでに萎えてしまった性器からコンドームを外し、ベッド脇に置いてあったゴミ箱へ捨てる。西野はさめざめと泣きながら体を起こし、乱れた制服を整えながら何度も謝罪を繰り返した。
「もう、いいよ」
「初めてで……本当、ごめん」
メガネの縁に指をかけ、位置を直した彼女の頬は濡れていて、いくつも涙の跡が出来ていた。それを拭ってやる気力さえ湧かず、俺はパンツを履きベッドの縁に腰を下ろす。スプリングが哀れな鳴き声をあげ、それが俺の心境のように思えた。
西野は同じ高校に通う、二歳年上の先輩だ。そして、幼馴染でもある。仲良くはなかったが、それなりに顔を合わせることが多かった。
互いを意識し始めたのは俺が彼女の通う高校に進学した頃だと思う。学内ですれ違うたびに手を振る彼女に、徐々に惹かれていった。
西野はお世辞にも可愛いとは言えない女だ。黒々とした重たい髪の毛と洒落っ気のないメガネ。校則通りのスカート丈に、明るくもない性格。合唱部では部長を務めていたらしいが、それでもパッとしない。そんな女だ。
付き合った当時、俺は早く童貞を捨てたいという考えしかなかった。最初のうちは、彼女にフィルターがかかっていて、それなりの顔面でも可愛く見えた。けれど、彼女を部屋に連れ込み行為に至ろうとした時にそのフィルターは剥がれてしまった。「ごめん、痛い」。その一言がきっかけだった。なんだかもう、どうでも良くなった。童貞を捨てたいという邪心が、こんな年上の可愛くもない女と付き合うきっかけになってしまった。
俺は、急ぎすぎていたのだ。正気に戻った俺は、その日を境に彼女と別れた。
別れた途端、彼女を好きだったという気持ちが消え失せた。やっぱり、俺の心は性欲によって動かされていたのだなと改めて実感した。
故に、西野との付き合いは短いし、なんの思い入れもない。なんなら、恋人と呼べるレベルで俺たちは仲良くもなかった。
だからこそ、白川の執拗なまでの嫉妬に戸惑うのだ。西野と世間で言われる恋人同士のような仲睦まじさがあれば良かったが、俺にとって彼女は童貞を捨てさせてくれるかもしれないという一筋の希望を抱いた女でしかない。
白川に「前の彼女とはどうだった?」と言われても「あの人との付き合いにそれほどの思い入れがないから、どうだったと言われても困る」としか返せないのだ。(もちろん、そうとは返さない。だって前の彼女を蔑ろにする酷い男だと白川に思われたくないからだ)
……高嶺の花である白川からの嫉妬は度を越してはいるが、それは愛情の裏返しとも言える。以前に俺を愛し、愛されていた女へ嫉妬をする美女。そんなの、みんなの憧れだ。
しかし、彼女の嫉妬は何かが違った。言い表せないような、そんな何かを秘めている。彼女は俺と接するたびに、俺越しに何かを見ている。俺ではない、何かを。その何かが、俺には分からなかった。
彼女は俺へ愛の囁きをしながら、俺ではない何かへその愛を伝えていた。
いったい、この違和感はなんなのだろうか。俺はそんな膿を胸に孕ませたまま、彼女と日々を過ごした。
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