［百合］白川りんが分からない

第2話

◇

「前の彼女とは、この部屋でした？」

　俺の部屋。ベッドの上。押し倒された彼女が発した言葉はそれだった。ベッドの上に乱雑に放置された奇抜な色をしたコンドームの袋が、白いシーツの上で異物のように目立っている。俺はその色を横目で確認しながら、え？ と短く言葉を漏らした。

「そ、そうだね？ うん。そう、俺の部屋だった……ごめん、嫌かな？」

「ううん。じゃあ、シーツも、これだった？」

　彼女が顔を傾け、シーツに頬ずりをしながら俺に問う。その言葉に、なんと返して良いか分からず固まった。このシーツだったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんな些細なこと、いちいち覚えているわけがない。

　彼女の目は、まるで失態を晒した部下を咎める一国の女王のようだった。逃れられないほどの威圧に、唾液を嚥下する。

　さあ、今から待ちに待った彼女との行為だ。と浮かれていた気持ちが徐々に萎んでいく。白川のはだけた胸元から覗く、白いブラジャーにさえ欲情をそそられない。

「……うん、そう。これ、だった」

「ふぅん。ねぇ、部屋の明るさは？ カーテンは開けてた？ 森泉くんが彼女を押し倒した？ 彼女が森泉くんを押し倒した？ キスはした？ それはどちらから？ 服を全て脱がせた？ あなたは服を着ていた？」

　その質問攻めに、眩暈がした。まるで以前の彼女とした時の光景を、全て再現させようとしているみたいであった。

　────こんなに嫉妬深いのか。

　美貌の裏に隠れた、そのヘドロのように醜く粘り気のある嫉妬心に俺は困惑していた。彼女と付き合って数ヶ月だが、正直なところそういう面は多々見えていた。前の彼女とはいつ頃から手を繋ぎ始めたのか。何度目のデートでキスをしたのか。大まかなことはこのぐらいしか覚えていないが、彼女はこれ以上に詳細を尋ねてきた。行動全てに「前の彼女とは……」と枕詞を置き、質問攻めをする。彼女の真剣な眼差しに、覚えていないよとは口が滑っても言えなかった俺は、その場を適当に過ごした。

　しかし、まさかこんな場面でも彼女の嫉妬は発動するのか。俺はうんざりしながらも、その内心を表情に出さぬようにと務めた。確かこうだったかな。そして、こうで。そう必死に再現すると、彼女はうっとりと目を細めるのだ。そして、俺の瞳を見つめる。大きな茶色の目に魅入られるが、しかし。

　俺はほんの少しだけ、何かを感じ取っていた。彼女は俺を見ているわけではない、気がする。俺の奥にある、何かを探ろうとしている。瞳孔がジワリと大きくなるたびに、侵食されるような恐怖が俺を支配した。深い海に溺れるような、そんな感覚に襲われる。

　溺れた俺を、彼女は助けない。何故なら彼女は、俺ではないどこか遠くを眺めているからだ。手を伸ばしても、彼女は応答しない。ただじっとりと俺の目を見つめる。頭蓋の奥まで見透かされるようなその感覚に、俺は呼吸ができずに溺れてしまうのだ。

「森泉くん、いけなかったね」

　静かな森にこだまする、小鳥の囀りのような美しい声で俺は現実に引きずり戻された。隣には、俺が愛用している古臭い毛布にくるまった、裸体の白川がいた。その形のいい唇が、くすくすと笑い声を漏らす。

「ご、ごめん。下手で……」

「ううん。気にしないで」

　俺は彼女との行為を上手くできなかった。何度も勃たせそれを挿入させようとしたが、結局萎えてしまい最後まで出来なかった。

　彼女が白い肌を晒し、俺へ近づく。耳元で、また今度したらいいじゃない。次は上手くいくよ。と、囁いた。

「ねぇ、前の彼女の時はうまくいったの？」

　彼女の言葉に頬が引き攣る。俺は何秒か考えた後、首を横に振った。俺は彼女と────西野陽世と上手くいかなかったのだ。