[百合]白川りんが分からない
中頭
第1話
二年生で────いや、この学校全体で白川りんを知らない人間はほぼいないだろう。入学当時から話題の中心だった彼女は、いわゆる「完璧な女」だった。
容姿端麗でありながら、勉強も運動もできる。その上、お淑やかで性格までいいと来たもんだ。高嶺の花という言葉がこれほど嵌る女性を、俺は今までに見たことがない。
「森泉くん。私とお付き合いしてくれないかな?」
彼女に告白されたあの日のことを、今でも鮮明に思い出せる。
日陰になり、ジメジメとした地面に転がった石。それを拾い上げ、ひっくり返す。濡れた表面に、這う名も知らない小さな虫たちがそそくさと逃げ惑うように蠢く。
その光景に似た雰囲気が支配する校舎裏で、俺は高嶺の花から愛の告白をされた。
俺がとった行動はまず、背後を確認することだった。誰もいないことを目視し、校舎裏に植えてある大きな木々たちの影に誰かいないかを探す。やがて視線を白川へ遣り「なんのドッキリですか?」と聞いた。
彼女はポカンと口を半開きにさせ黙ったあと「どっきり?」と舌足らずな口調で返した。
やがて破顔した白川が、肩を揺らし笑う。艶やかな黒髪が肩から落ち、するりと胸元へ流れた。
「そういうのじゃ、ないよ。本気で、森泉くんとお付き合いしたいの」
その時、初めて俺は「このまま死んでもいい」という言葉を吐き出す人間たちの心境を知った。
◇
「相当な物好きなんだろうな」
モスグリーンのリュックを背負い直した倉木が、唇を曲げて俺をじっとりと睨んだ。通学路の道には枯れ葉が落ちており、それをスニーカーで蹴飛ばす。瑞々しさをなくした葉は、かさりと音を立てるだけだった。
白川と付き合って数ヶ月。未だに恨み節を垂れ流すのは、今や倉木だけになった。他の連中は視線だけで威圧するものの、妬まれていると思われたくないのか、不満を口に出すことが無くなった。
「あれだよな。本物の美人って意外と顔が整ってないのが好きだったりするんだよ」
「はいはい」。俺はその言葉を軽くあしらいながら、横を通り過ぎる自転車を目で追った。
「しかし、まぁ。なんで、俺の友達なんかと……俺だってさ。全く知らない野郎が白川さんと付き合ってるなら許せるんだよ。でも、お前? 俺が一番知ってる。お前にいいところなんてない」
「絶交案件だぞそれ」
「だって、本当にそうなんだ」。彼が肩を竦めて大袈裟にそう言い放つ。歯に衣着せぬその言い草を、俺は鼻で笑った。
「選ばれたのは、俺なんだから。なんと言われても痛くも痒くもないね」
「かぁ〜悔しいな」
徐々に学校へ近づくたびに、同じ制服を着た学生の姿が増え始める。倉木は「俺もあんな美人と付き合ってみてぇな」とボヤいた。
確かに、俺の立場が倉木で、倉木の立場が俺だったらこう嘆いてしまうかもしれない。
けれど、彼女と付き合うのも意外と大変なのだ。こういう男子たちの嫉妬を買ってしまうし、そして何より────。
「……白川さん意外と嫉妬深いから、それに合わせるのも一苦労なんだぜ」
俺の言葉に、倉木が足を止めた。やがて片眉を吊り上げて、こちらを睨む。
「嫉妬深い美人とか最高だろ。お前、この後に及んで、そんな要素で困ってるとか言いたいのか?」
「世の中の男子生徒に喧嘩売りすぎだろ」。そう言い、彼が二の腕を小突いた。その力は弱かったものの、彼に言葉の本質がしっかり伝わっていないようで、俺は少し落胆した。
「……いや、本当に嫉妬深いんだ。前の彼女の事とか、めちゃくちゃ詮索してくるし」
「そんなの、女子にありがちな事だろ? もっと言えば、俺たち男だって前の彼氏のことは気になる。そのぐらい、普通だって。可愛いもんだろ」
いや、違うのだ。彼女が俺に抱く嫉妬は────世間の嫉妬とは大きくかけ離れている。可愛い、という言葉では済まされないほどなのだ。
そう彼に告げてしまうと、さらにねじ伏せられそうな気がしたので胸の奥に言葉をしまう。見えてきた校舎に朝日が差し、鈍く輝く。その光に目を細めながら、大きなため息を吐いた。
俺には、白川りんが分からない。
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