第2話
「うん、分からないね」
「分からないのかよッ!」
あっさりと言う術師に思わずツッコむ薬師。
いかにも余裕という顔をして失敗しておきながら、あっけらかんとしている態度に青筋を立てている。
「これだから魔法使いってのはアテにならない。謎の光で『聖なる魔力は万能です♪』みたいな顔して、それが通じないとお手上げなんだから」
そう言われると、表情の薄い術師も流石にムッとする。
「医者だの薬師だのも相当いい加減だと思うけどな。症状に合わせてあの薬だのこの薬だの、重い病気を治すのに何ヶ月も掛かったりするし、迂遠だよね」
あと、謎の光っていう言い方はやめてくれないかな。何だかいかがわしいから。
「うえん? そりゃあ? 『謎の光』で一発解決の術師様にはかないませんけどね!」
でも、そんな便利な術師が一体何人この世に居るんだよ。それが村に1人、街に1人居るなら良いけど、市井の人には医者や薬が必要なんだよ。
(もう、何なんですのこの方々⁉ 仮にも病人のいる部屋でケンカを始めるなんて‼ でも、仮病のわたくしが仮にも病人、ちょっと上手いですわね)
ありもしない病気の診断など出来るはずがない。もし当てずっぽうな事を言えば、衛兵を呼んで摘み出してしまえば良い。「
「また謎の光って言った……」
「言ったがどうした、インキチ術師!」
「こっちがインチキなら、そっちはヤブだよ」
それでも術師と薬師の言い争いは収まらない。口論の内容は、互いの悪口からこの世界における医療のあり方にまで及んでいて、とても収集が付きそうにない。
「うるさいですわね! 何の病か分からないなら、さっさと諦めて出て行って下さいな‼」
眉間に皺を寄せながらじっと待っていた賢姫も、ついに辛抱ができなくなり、掛布を払い除けて叫んだ。
思わず顔を見合わせ術師と薬師。しかし、その顔は邪悪に
「お目覚めですか、お姫さま。それでは治療を始めましょう」
「あ、あら。治療って何ですの? わたくしの病気は何なのかしら?」
明らさまに目を泳がせ、口笛でも吹きかねない様子の賢姫に、薬師がニヤリと微笑みかける。
「ここにありますのは、万病をたちどころに癒やすという南の国の秘薬にございます。これさえ食せばどんな病もイチコロです」
「へ、へぇ……そうなんですの。でもそんなに凄いお薬なら、さぞお高いのではなくて?」
さも何かを企むような薬師の顔に賢姫がたじろぐ。眼の前に出されたのは、ガラスの小瓶に入った水薬だった。
「いえいえ、お代は結構です。噂に名高い賢姫さまに、お元気になって欲しい一心です。ただこの薬、少々問題がございます」
「問題、と言いますと?」
怪談でもするかのような薬師は、気圧された賢姫が思わず引くと、ずいと顔を寄せてくる。
「この薬。飲めば必ず病は立ち消えますが、もし万がイチ……」
「万がイチ……?」
「健康体の者が飲んでしまうと……」
「しまうと……?」
「病気になります」
「どういう理屈ですの⁉」
賢姫はにわかに追い詰められた。
万病に効くという部分は「効かぬ通じぬ!」と言い逃れてしまえば構わないが、本当の病気になるのは具合が悪い。
(でも、病気になって具合が悪いというのは言い得て妙、ですわね)
などと呑気な事を考えている間にも、栓の抜かれた瓶を薬師が差し出す。「さあさあ」と迫ってくるその背後には、無表情の術師がジッとこちらを凝視している。
(ええい、女は度胸ですわ!)
瓶を受け取った賢姫は、トロリとした透明の液体を見て一瞬怯んだが、意を決して口をつけた。
◇ ◇ ◇
「姫さまが治った!」
「姫さまバンザイ!」
その翌日。賢姫が回復したとの報せを受けた森と湖の国の国民は祝賀ムード一色に染まっていた。
道に溢れ出した人々は口々に喜びの言葉を叫び、盃をぶつけて肩を抱き合った。
城のバルコニーに賢姫が立つのを見ると、広場に集まった者たちの興奮は最高潮に達したが、次の瞬間にはその言葉を聞き逃すまいと静まり返った。
「皆さんにはとてもご心配をお掛けしました。わたくしはこの通り、元気になりましたわ!」
再びの大歓声。そして静寂。
「そしてここでわたくしは、重大なお知らせをしたいと思います」
賢姫がタメを作ると、民衆はグッと息を呑む。
「わたくし、山の国へはお嫁に参りませんわ‼」
◇ ◇ ◇
賢姫は薬を飲んだ。薬師の出した水薬は南国に伝わる「裁きの薬」という物で、言ってみれば毒薬だった。
己の正しさ信じる者は、恐れる事なく一気に飲み干す。すると胃が刺激に耐えきれずに、たまらず嘔吐してしまう。
後ろめたさを覚える者は、罰を恐れて少しずつ飲む。すると毒が吸収されて、下手をすれば死に至る。
意を決したように見えた賢姫は、結局ビビリにビビって小鳥のようにチョビチョビ飲んだ。耐え難い腹痛に襲われて寝台の上でのたうち回り、それを術師の解毒魔法に救われた。
薬師と術師は、ある時点で姫の仮病に気がついていた。そこで懲らしめる意味も含めて一計を案じたのだった。
姫の寝た振りを良いことに、薬師が薬の瓶を振って見せれば、その意図に気付いた術師が頷く。言い争いを演じながら、ふたりは即席のコンビを組んだ。
「薬もなかなか面白いね」
「そっちの術もお見事だったよ」
してやったりという顔の薬師と術師。いい歳をして悪戯心の抜けない師匠を見て、弟子はやれやれという顔をしている。
「まったく、ヒドい目に逢いましたわ……」
「お気の毒でしたね。でもどうしてこんな嘘をついたんですか?」
腑に落ちないという弟子の言葉に、語るも涙聞くも涙。
「へぇ、じゃあ仮病で婚約をご破産にしようとしたわけだ。お姫さまも大変だねえ」
メイドが持ってきた茶と茶菓子を囲み、賢姫と薬師、術師と弟子はガールズトークに花を咲かせた。
ナルシストの勇者やヘタレ戦士の話も出れば、ナルシスト役人の話も出た。ナルシスト率が高過ぎると少女たちは笑い合ったが、やはり話題の中心は賢姫の婚約問題だった。
「山の国は裕福ですから、結婚は国に有益なのですけど、あの王子はどうにも我慢なりませんの」
そうハンカチを噛む姫を見ながら、術師はフムと考え込む。
「わたしたち、山の方から来たんだけど、途中で土砂崩れに遭って立ち往生したんだよね」
街道を歩いていると目に入るのは、木を伐採されて見渡す限り裸の山々。そこに雨が降っての土砂崩れなのは明らかだった。
「山と言えば、鉱石由来の薬が最近は品薄な上に値上がりしてるな。こりゃあ何かきな臭い」
薬の素材になるものは植物や動物に限らない。石膏や竜骨など、山の国を産地とする薬の在庫や価格の変動に、薬師は敏感だった。
◇ ◇ ◇
「お嫁には参りませんわ‼」
病から回復した賢姫の突然の言葉に、城に集まっていた国民は仰天した。しかし、驚いたのはそれだけではない。衛兵たちも大臣たちも、姫のいきなりの婚約破棄に衝撃を受けている。
そして、一番ビックリしているのは、姫の後ろでニコニコしていた王様だった。
「何を言い出すのだ姫よ!」
「聞いて下さいまし、お父さま!」
豊かに産する鉱物資源で繁栄を謳歌している山の国が、なぜ森と湖の国との婚姻関係を求めているのか。
掘り出した鉱石は精錬をする必要がある。石を溶かして鉄や銅を取り出すには、膨大な量の燃料が必要で、それは
無思慮に森を伐採した山の国は、ひとえにこの国の豊かな森が目当てなのだ。
「わたくしは、この国の美しい森と湖が大好きですの。それを
賢姫の言葉に王は胸を打たれた。ダバダバと流れる涙で立派なヒゲはビショビショになった。
「良くぞ申した。国を想う姫の気持ち、ワシは嬉しく思うぞ!」
「当然の事ですわ!」
それを聞いた国民たちも、一斉に歓呼の声を上げた。
「さすがはオラたちの姫さまだ!」
「森と湖の国の賢姫バンザーイ‼」
「バンザーイ‼」
(やりましたわ。これで婚約は無効ですわね‼)
◇ ◇ ◇
「それじゃね、お姫さま。色々とありがとうね」
「お世話になりました」
術師と弟子、そして薬師は、すっかり意気投合。姫の恩人として数日間の心からのもてなしを受け、たくさんの褒美を貰ってホクホクしている。
しかし、各々には旅の目的がある。
「もう面倒な嘘で人を振り回さないでよね」
クスリと笑う薬師の言葉に、オホホと誤魔化す賢姫を見て、術師と弟子が静かに微笑む。
「ところで術師さま、薬師さまに改めてご相談がありますの」
「なに?」
「もう行くってのに」
賢姫がジッと見るのは豊かに膨らむ弟子の胸元。それに釣られた師匠と薬師に注目されて、浴びせられる3対の視線に弟子がたじろぐ。
「な、何ですか……」
「おクスリでも魔法でも構いませんが、これはどうにかなりませんの?」
金色の髪の賢姫も銀灰の髪の術師も、そして緑の髪の薬師も、背丈はほとんど変わらない。同年代と比べても小柄で小振り、女性としては貧相なのが、年頃の娘としては悩みの種だ。
「薬でどうにかできるなら、とっくに自分でどうにかしてるよ」
「そう……ですわよね」
「ごめんね姫、この娘空気が読めなくて」
物欲しそうな恨みの
「わたしは何にも悪くないのに……」
魔法も薬も万能にあらず。いつかの再会を約束して、術師と弟子、薬師の3人は旅立っていく。
その姿が道の向こうに見えなくなるまで、賢姫はずっと見送っていた。
――――――了
薬師と術師と仮病の姫 マコンデ中佐 @Nichol
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