薬師と術師と仮病の姫

マコンデ中佐

第1話

 森と湖の国には、その賢さで評判の姫がおりました。


 若干15歳にして国の旧弊を改め、奸臣佞臣かんしんねいしんを打ち倒したり改心させたり。


 下々の者に優しく、貧しい民には慈悲深く。人の心の闇を照らし、戦をすれば百戦百勝。


 農地改革や教育改革、医療改革から税制改革まで何でもござれ。飢饉疫病ききんえきびょうドンと来い。


「まるで未来を視て来たかのようだ!」

「人生をやり直してもこうは行くまい!」


 金色の髪と青い瞳の美しい姫は「賢姫」と呼ばれ、民からも家臣からも尊ばれておりました。


 これは、そんな賢姫に縁談が持ち上がった時のお話。


◇ ◇ ◇


「ぜ〜〜ッッたいにぃぃ〜〜ッ……お断りですわ!!」


 賢姫は大層な荒れようだった。


 表向きは品行方正、たけどたまにはお転婆なの♡という好感度高止まりのキャラを演じている。


 しかし、人の目のない所では、そのキャラを維持するストレスとプレッシャーに押し潰され、目を三角にして歯をギザギザにして、のたうち回るのが賢姫の本当の姿だった。


「ぁんの山の国の成金ボンボン王子がわたくしをきさきに迎えようなどと、思い上がるのも程々になさい!」


 ドレスのままで天蓋付ベッドにダイブし、羽毛の枕に顔を埋めてボフボフと暴れ回る。こんな姿を人に見せるわけにはいかないので、なるべく音を立てずに猛り狂うのだ。


 山の国のというのは、鉱山から採掘される沢山の鉱石や宝石のお陰でお金持ちのお隣さん。


 その王子と言うのは絵に描いたようなお坊ちゃんで、ワガママ放題食べ放題。将来はぽっちゃり暴君まっしぐらのサラブレッドである。


 脳裏に浮かんだオーク顔をプルプルと振り払う。


「子供の頃から拒絶のオーラを浴びせ続けていますのに、ゴーレムよりも鈍感なんだから」


 そう言いつつ絶望のオーラを発する賢姫にも、結婚には人並みの夢がある。


 読書三昧にスイーツ三昧の日々を過ごし、平日の昼間からゴ〜ロゴロ、ゴ〜ロゴロ「あ〜あ。イケメンイケボの魔王がさらいに来ねえかな〜」というささやかな夢が。


「このままでは身の破滅。どうにかしてこの縁談を無かった事にしませんとッ!」


 賢姫は一計を案じた。


◇ ◇ ◇


 賢姫、病に倒れる。


「姫さまが病気だなんて、オラたちにでぎる事は何かあんめえか」

「せっかく輿入れが決まってめでてえ時に、何てこった!」

「金持ちの山の国と縁ができりゃあ、オラたちの生活も豊かになると思っただがなぁ……」


 この報が国中を席巻すると、彼女を慕う民たちは悲嘆に暮れたが、中には多少の欲目もあった。


 食欲不振に貧血目眩めまい立ち眩み、倦怠感や眠気に加えて肩コリ腰痛目のかすみ。頭痛腹痛筋肉痛と、あらゆる症状のオンパレードは日に日に悪化して、賢姫は部屋から出る事もできない。


 困った王は触れを出した。国内のみならず周辺諸国に広く呼びかけ、姫の病を治した者には望みの褒美を約束した。


◇ ◇ ◇


 多くの医者や薬師、回復術師も神官もがこぞって集まり、ってたかって姫をた。


 中には記念診察きねんしんさつだけの者や、姫と握手をしてサインを貰って帰るだけの者までいた。


 顔中縫い跡だらけの外科医は、法外な報酬を要求した上に開腹手術をしようとしたのでつまみ出された。


 胸に7つの傷のマッサージ師は、姫の前で革ジャンをはだけたので追い返された。


 しかし、あらゆる治療と薬をもってしても、姫はがんとして回復しようとしなかった……。


「しめしめですわ。あのボンボンもこんな病気の姫をめとろう等とは思わないはず。このまま向こうが諦めるまで、仮病で逃げ切ってやりますわぁ〜ッハッハッハッ!」


 一向に治る様子のない賢姫を治療に、名乗りを挙げる者も徐々に少なくなってきた。森の湖の国にふたりがやってきたのは、そんな春の日の事だった。


◇ ◇ ◇


 木漏れ日の並木道を歩くふたつの人影がある。


 ひとりは少女。スラリとした長身をローブに包み、肩まで伸びた黒髪は漏れる陽射しに濡れ光っている。右手に持つ古木のような杖を見れば、魔法使いとひと目で分かる。


 もうひとりも少女。スモックのような上衣を着て、手には古びたトランクを下げている。低身長の幼児体型。銀灰の髪と長い耳。妖精エルフ族のこととて、見た目通りの年齢ではないだろうが、一見したところでは十代前半に見える。


「すっかり遅くなっちゃったね」

「師匠が悪いんですよ。いつも寄り道が長過ぎます」

「街道が土砂崩れで塞がれてたのは、私のせいじゃないよ」

「あたしが言っているのは、その前の話です」

「ごめんて」


 表情の乏しい顔で、互いを見ずに歩いている。その向かう先には、森と湖の国の城と城下町が見えていた。


「はい。術師さまとそのお弟子さんですね」


 城門の兵に来訪の目的をただされると、ふたりは直ぐに通された。衛兵たちは、姫の治療にやってくる旅人の対応にはすっかり慣れっこになっている。


「私が術師でこっちが弟子」


 銀灰髪のエルフが憮然ぶぜんとすると、衛兵は慌てた様子で頭を下げる。しかし、このふたりにとって、その勘違いもまた慣れっこだった。


「でも姫、まだ治って無かったんだ」

「本人には気の毒ですけど、あたし達は無駄足にならずに済みましたね」

「そういう事は、思っていても言うものじゃない」

「そうですね……」


 どことなく閑散として活気のない市場を通り、城門と全く同じやり取りをして城へ入る。ふたりが通されたのは、姫の私室の隣りにある診察用の部屋だった。


「はじめましてお姫様。私は旅の術師で……」

「あたしは弟子です」


 外には衛兵、内にはメイドが控える両開きの大扉。それをくぐったふたりが見たのは、大きな硝子窓と壁布の優雅な文様。品のある調度品と花瓶に活けられた春の花々。さすがは王城と思わせる広い部屋の中央には、天蓋付きの寝台がある。


 すっかり慣れたやり取りとはいえ、日に三度は多過ぎる。誤解をされる前に自己紹介したふたりだったが、肝心の姫は目を閉じていた。


 丹念にブラッシングされた黄金色の髪は乱れひとつなく、整った面差しは名のある職人の手になる人形のように見える。


「お先に診させて貰ってるよ」


 そう返事をしたのは、緑の髪を引っ詰めにした少女だった。


 前開きの上衣を合わせて帯で締める服装はこの辺りでは見かけない南方の国のもので、その袖から覗く腕は肉付きが薄く、術師と同じく背が低い。


寝台の脇にひざまずき、姫の手首で脈を測りながら、しきりに首を傾げる彼女は薬師だった。


「おっかしいなぁ。脈も体温も正常……」


 肌艶も良くてデキモノやあざもなく、血行不良も見当たらない。腹部の張りも関節の腫れも無く、外から見る分には全くの健康体に見える。


 心しか眉をひそめ、薄桃色の唇を引き結んだ賢姫の身体をあちらこちらと触って調べ「うーん、分かんないなぁ」と、怪訝な顔で腕を組んで首を傾げる。無表情な術師と弟子に比べて、薬師の少女の表情はコロコロと変わった。


「分からないなら、変わってくれる?」


 薬師の診察を待っていた術師が声を掛けると、薬師は「こりゃ失敬」と場所を譲る。


 しかし、無表情ゆえにぶっきらぼうにも感じる術師の態度は、薬師のかんに障った。簡単に言うとイラッと来た。


 術師の背後に陣取って、お手並み拝見と腕を組むその眉が、わずかに吊り上がっている。


「どんな病にかかっているかは、この術師とが教えてくれるよ」


 寝台に向かって手をかざした掌から、柔らかな光が拡がる。仰向けに眠る姫の身体をそれが包むと、染み込むようにして消えた。


「うん、分からないね」

「分からないのかよッ!」

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