第36話 うっかり、選挙に協力することになってしまった
それこそ、当選するためにはその何倍ものお金が必要と言われている。この資金不足から来る機動力及び宣伝力の無さがリック・フレスの3番人気の理由だ。
「分からぬ。我がスポンサーとなってリック先輩を支援すれば、逆転できるかもしれないではないか?」
クローディアが陣営に加われば、バーデン家の豊富な資金が劣勢を挽回できるだろう。
「それはダメです」
「なぜじゃ。場合によっては票を金で買えばよい」
とんでもないことを口にする。聞いた人間はクローディアがやはり悪役令嬢であると納得するだろう発言だ。しかしセオドアは知っている。クローディアに悪気は全くない。それが犯罪だという認識もない。
「クロア様はバカですか?」
(くくく……)と悪人顔になったクローディアにクギを差す。買収なんかしたら選挙違反で永久追放だ。それを知らないクローディアの世間知らずのお姫様根性を懲らしめるためにセオドアは失礼なことを言った。
「バ、バカとはなんだ」
「買収は罪です。そんなことも分からないのですか?」
「そ、そうなのか?」
(やっぱり知らなかったのかよ!)
驚いた表情を見ると嘘ではない。クローディアは本当に知らなかったようだ。
「お金で何でも解決できるわけではないのです」
「すまぬ。お金さえあれば何でもできると我は思っていた」
(……そういうところが王太子に嫌われた理由だろうなあ。まあ、本人は本当に知らないわけで、悪気がないというか、ある意味可愛いのではあるが)
セオドアはさらにリックにクローディアが支援する際に注意点を上げた。まず、資金不足は不利な点ではあるが、逆に有利な点でもある。赤貧ではあるが、それでもたくましく学校に通い、成績まで優秀という点に多くの学生が共感をもつ。
資金不足はリックの弱みでもあり、強みでもあるのだ。
「リック先輩の支持層は学校の3分の2を占める平民。平民の中でも中流家庭の出です。つまり裕福な学生ではない。そこを大事にしつつ、クローディア様が加わることで、富裕層や貴族の支持を得られればチャンスはありますよ」
「なるほど!」
クローディアはそう言って手を叩いた。そしてすぐにセオドアの腕を掴むとリック・フレスの選挙事務所がある教室へと向かった。
*
選挙ポスターやビラの準備が進められ、現在の支持率と予想得票数の情報収取に飛び回っている選挙スタッフの慌ただしい中にクローディアとセオドアは事務所のドアを叩いた。
「僕に協力ですか?」
部屋に現れたクローディアを見てリックは驚いた。今年の1年生でもっとも有名な女子学生である。有名ではあるがリックにはあまり関わりたくない属性である。
(公爵令嬢……エルトリンゲン王太子の婚約者、すなわち未来の王妃……そして悪役令嬢……)
リックの頭の中にクローディアの肩書がぐるぐると回転する。そしてこの申し出を受けること自分にとってマイナスだと判断した。クローディアは、自分の支持層とは相容れない正反対の人物である。そんな人物の支持を受けたら、自分の支持層の離脱が起こるかもしれない。
「ざ、残念ですがクローディア様にご協力いただくことは……。それにエルトリンゲン王太子は先ほど、バティス・ロージャーの支持をすると表明したところですよ。姫様の行くところはここではないのでは?」
「王太子殿下がバティスさんを!?」
クローディアは思わず声を上げてまった。エルトリンゲンが同じ学部のリックを推さずに法学部のバティスの方を支持するとは思わなかった。これで支持基盤である政経学部の票が割れるだろう。ますますリックは苦しくなり、バティスの1回目での当選は決まる。
10秒ほど考えていたクローディアであったが、リックを支持するという方針は変えなかった。
「……殿下は殿下。我は我の考えがある」
「姫様は王太子殿下の許嫁ではないのですか?」
リックはクローディアの支持があまりうれしくなさそうだ。それはセオドアも同感だ。リックの支持層は平民。しかも貧しい平民の出の学生である。支持層とかけ離れたクローディアの支援はイメージを損なう。
「許嫁だからと言って同じ陣営を支持する理由にはならぬ。むしろ、敵陣営にいる方が殿下に我の優秀さをアピールすることができよう」
(まあ、そういう発想になるわな……)
黙って様子を伺っていたセオドアは、予想どおりの展開に少しため息をついた。これでさらにセオドアは苦労することになる。
クローディアは実にポジティブだ。ここで王太子の陣営に入るような消極的な女であったら、王太子もクローディアのことを嫌わないだろうとセオドアは思った。
「はあ……。優秀ですか……いや、申し出はありがたいですが、僕は平民代表としての立場があります。大貴族様のご協力はご遠慮……」
そこまで話してリックは急に声質を変えた。
「き、君は……」
クローディアの申し出を体よく断ろうとしたリックは、彼女の後ろにセオドアが立っているのに気づいたのであった。同時に、ここまでの選挙戦の劣勢で暗かったリックの顔が明るく変わっていく。
「セオドア・ウォールです」
「君がモルターバ会戦の英雄のセオドア君か!」
「しっ……先輩、それは今はなしで」
「ううう……わかった。不用意だったすまん……」
リックはセオドアにしかわからないように小さく2回ほど瞬きをした。しかし、間違いなくクローディアに聞かれただろう。あとで面倒なことになるとセオドアは思った。
まさか自分の過去のことを知っている学生がいるとは思わなかった。そんなセオドアを救世主がやって来たような期待の目でリックはこう申し出た。
「君が僕を支持してくれて、この選挙の参謀として働いてくれるのは助かる。是非、お願いしたい。劣勢を挽回するには君の優れた戦略眼が必要なのだ」
(買い被り過ぎですよ……)とセオドアは思ったが、その前にリックが自分の過去を知っていることに疑問をもった。大陸派遣軍に従軍していなければ知りえないことなのだ。
(一体、どうやって大陸でのことを知ったのか……)
「俺を選挙参謀に……ですか?」
「そうだ、頼む。君がこの大学に入学したと聞いて、自分の片腕にと思っていたところなのだ」
リックは力強く言った。セオドアがいれば逆転可能だと自信に満ちている。セオドアはそんなことをリックが考えているとは思っていなかったが、結果的に自ら来てしまったということになる。
セオドアは考えた。このままではクローディアは断られてしまい、超不機嫌になることは確実である。ここは自分への関心をうまく使ってクローディアを売り込むしかないという結論に至った。
「……条件があります。クロア……クローディア様も協力させてもらい、先輩がみごと当選した暁には、
クローディア様をキャビネットの役員に入れていただけるということなら協力しましょう」
「え、えええええっ!」
リックの驚きの声があまりに大きいので、部屋にいた学生がみんなこっちを見る。そしてクローディアは不機嫌顔になる。
「テディ、それでは我がお前のおまけみたいなものではないか?」
セオドアはクローディアの抗議は敢えて無視する。おまけだろうが強引だろうが、クローディアをキャビネットの役員にするというこの売り込みに全力で取り組む。
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