第34話 うっかり、悪役令嬢に逆ナンパを勧めてしまった

「テディ、我は分からぬ。普通ならロイヤルボックスに招待すれば歓喜するはず。それに鹿狩りに参加するなどは家の名誉となろうに……」

「それは大貴族の令嬢だけに通用することです。普通の女子学生はそんなことをありがたがらないですよ」

「分からぬ」

「いいでしょう」


 セオドアは当初の目的を果たしたと考えた。クローディアになぜ友達ができないかの説明だ。


「まず金銭感覚が違い過ぎます。そして生活感覚も」

「そんなことを言っても、我には庶民とやらの生活が分からぬ」


 クローディアはそう嘆息した。セオドアはそれでも彼女がこの大学で庶民の暮らしを体験していることは知っている。購買で売っているドーナッツを初めて買った時には、お金を払うという行為すら知らなかった。

 ついでにドーナッツは銅貨3枚だったが、銅貨を見たことがなかったのだ。金貨3枚出して購買のおばちゃんを驚かせた。


「そしてクロア様は女子学生だけでなく、男子学生にも親しく接することはできません」

「それは聞き捨てならぬ。我の美貌は、貴族はおろか平民の男どもを魅了する」

「では、これも実際にやってもらいましょうか」


 セオドアは辺りを見回す。視界にちょうど適当な2人組の男子学生を見付けた。少しちゃらい感じの2人組で、食堂から出てくる女子学生に声をかけている。ボニファティウス王立大学は優秀な秀才の集まりのはずであるが、どこの世界でもこういう男は湧いてくる。


「あの2人に声をかけてみてください」

「あんな者たちを魅了するなど簡単なことだ」


 クローディアはとことこ歩いて近づく。2人の男子学生は1人で出て来た少し地味な女子学生に、しつこく食後のお茶に誘っている真っ最中であった。


「ねえ、いいじゃないか。まだ授業まで時間あるでしょ」

「看護科の学生だよね。どう授業後に俺たちと遊びに行かない?」

「おい、お前たち」


 クローディアがぶしつけに後ろから声をかける。困って縮こまっていた女子学生は、この唐突な救世主に目を見開いた。助かったという心の声が聞こえてきそうだ。


「なんだよ……って、君、めっちゃ可愛いじゃない」

「1年生だよね。君みたいな子、今まで見たことがないよ」


 女子学生を誘っていた2人は、クローディアを見てターゲットをこちらに代えた。何しろ、クローディアの見た目は普通ではない。美しい容姿と気品。そして男子学生の目を釘付けにするプロポーション。

 声をかけられた時には、少々不愉快そうであったが、一瞬で態度を切り替えた。クローディアはそんな2人に対する悪感情がさらに上昇する。


「我が代わってやる。その子は解放してやれ」


 クローディアはしつこく話しかけられて困っていた女子学生を逃がしてやる。


「おや、代わってやるって、俺たちと付き合ってくれるの~」

「こんな可愛い子から逆ナンパなんて、据え膳食わぬは男の恥だからな~」


 2人はクローディアを挟み込むと、その肩と腰に手を回した。その瞬間、強烈な平手打ちの2連発が2人の頬に炸裂した。


「無礼者!」


 何が起こったか分からない2人。しかし、叩かれたと知って自分のプライドが傷つけられた。


「この女!」

「優しくしていたらつけやがりあがって!」


 本性を現した2人はクローディアを脅すように粗暴な口調でそう言った。ほとんどの女子学生はこれで大人しくなるのだ。しかしクローディアの前ではそんなことは通用しない。


「やはり、それが本性か。このクズどもめ。名門ボニファティウス王立大学の学生とも思えぬ所業」


 クローディアは一人の腕を取ると電光石化の一本背負い投げ。地面に叩きつけられた男はそれで戦意喪失。


「この~」


 もう一人は殴り掛かってきたが、それを難なくかわすとその腕を取り、相手の力を受け流してそのまま地面にねじ伏せる。同時に腕をきめてしまっているから、もう動きが取れない。


「痛い、痛い、こ、降参だ!」


 バタバタと足を動かすが背中に馬乗りになっているクローディアに腕を絞られて、もはや沈黙するしかない。


「くそ、お前~」


 先ほど、投げ飛ばされた男がようやく立ち上がり、クローディアのところへふらふらと近寄り、殴り掛かろうとしたがそれをセオドアが止めた。


「止めておいた方がいいですよ、先輩方」

「畜生、お前らなんなんだよ」

「こんなことして、無事でいられると思うなよ!」


 降参することでやっとクローディアから解放された男もようやく立ち上がり、クローディアとセオドアに抗議をする。


「何を言うか。女子学生にしつこくつきまとい、そして同意もなく我に触れたではないか!」

「それはお前が誘ったからだろうが!」

「ああ、確かにあの女子学生に代わると言った」

「まあまあ、先輩方」


 セオドアは3人の中に割って入った。そしてポケットから金属のバッジを取り出した。それはバーデン家の紋章である。2頭の獅子と植物が絡まったデザインは有名なものであった。


「このお方をどなたと心得ますか……。バーデン公爵家令嬢、クローディア・バーデン様ですよ」

「え!」

「う!」


 2人とも声を失う。クローディアのことは噂で知っている。決して手を出してはいけない『不可触の悪役令嬢』である。


「お前ら、このまま引き下がった方がよいぞ。そして忘れろ」


 クローディアの悪人顔が2人の男子学生の心を折った。この女に逆らったらお終いである。人生すべてを失う処刑と同じだ。


(おいおい、それじゃあ、また悪役令嬢としての悪評が高まる……けど。この場は収まるか……)


 2人の思い込みは、クローディアには思いもよらなかったが、勝手に勘違いしてくれてこの場を収めれば問題はないとセオドアは思ったので、フォローをするのは止めた。


「は、はい」

「クローディア様、ご無礼をしました!」


 クローディアの言葉にこれ以上の罰はないという意味を感じた2人は、飛ぶように姿を消した。後にはセオドアとクローディアの2人が取り残された。


「はい、クロア様。以上がクロア様のこの学内でのお立場です」

「……よく分からない。分からないが普通ではないようだ」

(やっと気が付いたのかよ!)


 セオドアは心の中で突っ込んだが、笑顔は崩さない。

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