第25話 うっかり、料理を教えることになってしまった

「次はテディだな」


 ニタニタ笑いながら後ろを振り向いたクローディア。やはり地獄の使者だ。


「断る」


 セオドアは一刀両断した。クローディアが差し出した3段目のデザートと称するクリームべたべたのケーキもどきがまともなはずがない。


「なんだと、我のデザートが食べられないと言うのか?」

「そうです。クロア様、ご自分で食べてはいかがですか。そうすればハンスたちが未だに倒れている理由がわかります」

「失礼だな。まるで我の作ったものがまずいとでも言うのか?」

「まずい、というか、これを王太子に食べさせるのはテロ行為です」

「テ、テ、テロだと!」

「はい、間違いなくテロに認定されるでしょうね」


 セオドアは涼しい顔でそう断言した。クローディアは改めて未だに悶絶しているハンスたちを見る。歓喜にむせび泣くというより、あまりの味に泣いているとも見えなくはない。


「嘘だ!」


 クローディアは思い切って3段目に箱に入ったデザートを口にした。瞬間に頬が凹んで眉間にしわを寄せた。想像を絶する味だったのだろう。


「ううう……しょっぱい」

「やっぱりね」


 セオドアは指にちょっとだけクリームを付けた。そして舐める。


(塩辛い……。砂糖と塩を間違えるなんてお約束じゃないか!)

「クロア様は作っている時に味見をなさったのですか?」

「……していない」

「料理はだれに習われたのですか?」

「……我流だ」

「それでこの爆弾を人に食べさせるとは……」


 あきれてものが言えないとセオドアは思った。だがクローディアにはクローディアの事情がある。


「夜中に食堂でこっそりと作ったのだ。仕上げは朝早く。我が料理をするなどと父上や母上が知ったら大反対される」


 クローディアは彼女なりに努力はしているようだ。しかしその努力は全力で違う方へ突き抜けてしまっている。


「そうでしょうね。未来の王妃様が料理をするなど、とんでもないことです」

「……それは偏見というものだ」


 プンプンとクローディアは怒り始める。それに関してはセオドアも理解できる。いくらこの国で最高身分であっても食事くらい作れる能力はあるべきだ。


「クローディア様の腕はこれで分かりました。しかし、このレベルにものを王太子に出しては好意をもたれるどころか逆効果」

「そ、そうか……お前に言われるとなんだか説得力がある」

「それは結構。こんなまずい料理では話になりません」

「ううううう……話にならないのか?」

「はい。ナターシャ嬢との差を痛感するだけです」

「うううう……では、どうしたらよいのだ」


 セオドアはやれやれと両手を上げた。どうしても巻き込まれてしまうらしい。


「俺が教えます。今日の夕方、俺の屋敷へ寄ってもらえますか。特訓をします」

「わ、わかった。頼む、テディ」


 殊勝にもクローディアは頭を下げた。自分がダメだと思った時には、こうやって頭を下げて教えを乞うことができるのは立派だとセオドアはクローディアのことを見直すのであった。

 不本意ながら料理を教えることになったセオドアは、帰りに市場へ寄って卵とバターを仕入れた。そしてパンと野菜。ソーセージを買う。

 複雑な料理はクローディアにはまだ難しい。ここは料理の基本を教え、簡単にできるがインパクトのあるものをチョイスした。

 夕方になったクローディアがやってきた。セオドアの住んでいる借り物の屋敷には小さな台所が付いている。

 薪で火を焚き、その熱で調理する。竈には火力調整の器具が付いている。レバーを左右に動かすと、蛇腹になった鉄の蓋が動いてフライパンの底に当たる面積を調整できるのだ。


「何を作るのだ?」

「卵のサンドウィッチ。コッペパンに挟んだものです。そして出汁巻き卵です」

「……はじめて聞く料理だな」

「大陸では普通に食べられています。いわば庶民の食べ物ですが、王太子は食べたことがないから新鮮だと思います」

「なるほど。それは殿下にアピールできそうだ」


 セオドアはクローディアにコッペパンに切れ目を入れるように指示する。包丁でパンを切るクローディア。


「ちょっと待て」

「なんだ?」

「力が入り過ぎです。それでは……ああ~」


 クローディアはパンを真っ二つに切断してしまった。仕方なしにクローディアの後ろに回り、手を持って介助する。クローディアのうなじからいい匂いがする。香水臭い貴婦人は多いがクローディアは香水を付けていない。風呂上がりに付ける香油の香りがほのかに漂う。


「お、お前……ち、近くないか?」


 クローディアはそう言ったが拒否はしていない。セオドアはこんなことはしたくはないが、そうしないと指導ができない。クローディアの手首を掴み、パンのところへもっていく。


「肩の力を抜く。そして手首はやわらかく、刃先をあてて軽く引く……」


 スッと刃が入り、パンに切れ目が入る。


「途中で力を抜いて切れ目の深さは3分の2くらいまでにするのです」

「こ、こうか……」

「まだです。まな板まで刃を当ててどうするのですか?」

「むむむ……緊張する」


 3つほど失敗したが4つ目からはうまく切れた。クローディアの器用さはどうやら絶望的な数値ではなさそうだ。


「そうしたら切れ目にバターを塗ります。このように少し溶けたバターをナイフでとってまんべんなく塗ります」

「どうしてバターを塗るのだ?」

「具材の水分をパンにしみ込ませないためと味をよくするためですね。水分の少ないジャムを塗るのもありです」

「なるほど……」


 今度は失敗することなく、クローディアは指示通りにバターを塗ることができた。


「それではここの挟むスクランブルエッグを作ります」

「おお……。毎朝、シェフが作ってくれる奴だな。あれはパンに付けると美味しい」

「はい。定番です」


 セオドアは卵をボウルに割入れる。同じことをクローディアに命ずる。


「こうか?」


 ボウルのふちで卵を叩くが、1個目はぐちゃっと殻ごと潰れた。殻と中身がまじってボウルに落ちる。


「ダメです。どうしてクロア様はそんなに力を入れるのですか?」

「き、緊張すると力が入るのだ」

「優しくコンコンと叩いてヒビを入れるのです。料理は常に繊細さが必要です」

「繊細とな……まるで我のようではないか」

(何を言っているのだ、このお姫様は!)


 心の中で突っ込む。見た目は可憐なのに行動はガサツ。力まかせで何も考えていないのがクローディアなのだ。


(女子力ゼロじゃないか!)


 貴族令嬢に生活力を求めるべきではないが、多くの令嬢たちが何もできないわけではない。世間知らずなところはあるが、お菓子を作ったり、料理を作ったりするのは教養として身に付けていることはある。

 バーデン公爵家ともなるとそういうことはしないのだろうが、それにしてもここまでガサツだとは思わなかった。これは教養というより、クローディアの持って生まれた能力であろう。

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