第24話 うっかり、飯まずテロに遭遇してしまった

 大きな3段重ねの箱のようなものを持参してきたクローディアは、セオドアとハンス、アラン、ボリスを呼びつけ、中庭でそれを披露した。


「どうだ、我が手作り弁当というものを作ってみたぞ」


 包んであった布をはがすと漆で塗られた高級な漆器が現れた。


「あ、姉さんの手づくり弁当ですか~」


 いつの間にかクローディア様から姉さん呼びをしているハンス。公爵令嬢に失礼な呼び方だが妙にそれがしっくりとくる。クローディアも満更ではなさそうでそれを許しているようだ。


「夢のようです」


 これはアラン。こちらも崇拝している目だ。どうしたらこのように同級生をたらし込めるのか不思議だ。


「ああ~今日という日は一生の思い出になるだろう」


 ボリスは詩人のようなフレーズでこう称える。こいつもクローディアにぞっこんである。クローディアが靴を舐めろと言ったら、喜んでそうするだろう。


(おまえらマジかよ!)


 セオドアは心の中で突っ込みを入れている。どう見ても三段の器からはおどろおどろしい気配しか感じない。


「お前らに食べてもらい、好評なら王太子殿下に食べてもらおうと思う。昨日の夜から腕によりをかけたぞ」


 そう自慢げにクローディアは器のふたを取った。


(おい~っ!)


 セオドアの予想通りの中身。いろんな食べ物がぐちゃぐちゃに詰められ、色合いも気持ち悪いし、うまそうな臭いが一切しない。肉や魚が調理して入れられているが、昨晩からとなると傷んでいる可能性もある。

(というか、その生焼けの魚、色が悪い。腐っていないか!)

(そして何で色が緑色なんだよ!)

(肉にいたっては香辛料で真っ赤だぜ!)

 

 中に入っているものは料理と呼べるものではない。一段目はパンにいろんなものをはさんだサンドウィッチ。中身は魚のすり身のパテ。チーズとハム。そして野菜。そして得体のしれない白いクリーム状のもの。

 2段目は焼いた肉と魚が無造作に詰められている。肉も魚も見た感じ生焼けか丸焦げである。そして3段目はデザートのようだが、ぐちゃぐちゃで何を作ったのか分からない。辛うじて白いクリームと黄色いスポンジ生地が見えるからケーキでも作ったのであろう。

 クローディアの手作り弁当に感激していた3人も中身を見て一瞬たじろいだ。しかし笑顔は崩さない。


(おお、お前ら偉いぞ。これを見て引かないとは……)


 もうこの場から逃げ出したいと思っているセオドアは3人の勇気に敬礼をした。試食はこの3人に任せると決める。


「ほれ、このサンドウィッチを食べて見ろ。ニシンの酢漬けを叩いてパテにしてはさんでみた。見た目は悪いが味は絶品なはずだ」


 差し出されたハンスは青くなっている。もう脂汗まで出てきている。臭いが半端ない。凄まじい悪臭が漂っている。よくここまでこの弁当を運べたものだ。それにセオドアはクローディアの発言に固まった。


(おいおい、ニシンの酢漬けって……)


 王国北部の町、オセロの名物料理の缶詰だ。名前を『シュートブッフェ』という。珍味で有名だが恐ろしく臭い。酒の肴として食されるが、普通はそのまま食べる。ちょっとずつ舐めるようにして食べて強い酒を煽るというのが正しい食べ方だ。

 これを塊で食べるのは勇者かバカのやることだ。あまりの臭気にむせ返るのは間違いがない。それをパンにはさむとは考えもつかない。


「姉さんの手作りサンドウィッチ……これは世界で最も美味しいものだ!」


 ハンスはそう叫ぶ。あまりの悪臭に理性が飛んでいる。そして絶体絶命のピンチに叫ぶことで美味になる魔法がかかると思っているらしい。臭いは絶望的だが味が違うことをハンスは願った。そしてそれを思い切って噛む。


(念じたって味が変わるかよ!)


 セオドアは悶絶して転がるハンスを横目で見た。ハンスの口の中は恐らく今まで体験したことのない味に味覚神経が混乱しているはずだ。同時に鼻に抜ける臭気が呼吸を圧迫する。


「ぐおおおおおお~」


 芝生に転げまわるハンス。それを見てやっと残りの2人も1歩後ずさりをした。夢から覚めたら処刑会場にいたといった風貌だ。


(お前ら気が付くのが遅いぜ)

「おお、そんなに美味しいか?」


 ハンスが悶絶して転げまわるのを壮大な勘違いする公爵令嬢。もはや罰ゲームと化した場に残るアランとボリス。セオドアはさりげなくクローディアの背後に回っており、試食回避を決め込んでいる。


「次はこの肉を食べて見ろ」


 フォークに突き刺し、そしてアランの口元に持っていくクローディア。あこがれの『あ~ん』である。1分前のアランなら跪き、そして神の恩恵を受けるがごとく口を開いただろう。

 しかし今は地獄の悪魔に魂を掴まれた気分だろうとセオドアは思った。


「あ、姉さん……なんだか目がしぱしぱします……」

「ああ、これは特製の香料をブレンドした液体に一晩漬けて焼いたからな。名付けてスパイシーステーキだ。ははは……」

(おい~!)


 真っ赤な色はそのせいだったのかとセオドアは思った。見るだけで目が焼かれそうな感じだ。当然ながら味は味覚を破壊する強烈な辛味。

 口に放り込まれたアランは悶絶してこれまた芝生を転がる。たちまち唇は刺激で3倍に膨れ上がった。


(どんなけ、辛いんだよ!)

「おお、これも絶品だったようだな。次はボリス、お前だ」


 今度は不気味な緑色のペーストをかけられた生焼けの魚をフォークで突き刺し、ボリスに迫るクローディア。もはやその姿は地獄の使者である。


「これは東洋の香辛料を使って焼いたのだ。魚にはこれがもっとも合うのだ。そう我が家のシェフが言っておった」

(ワサビって……よくそんなものが手に入ったな~!)


 セオドアの心の突っ込み。そしてワサビはこのように大量に使うものではないことをセオドアは知っている。 

 明らかに逃げ腰ながらも、クローディアへの敬愛の念で耐えたボリスは、東洋のワサビという香辛料をまぶされた生焼け魚を口に放り込まれた。

 こちらはあまりの刺激臭に鼻をつまみ、涙をこぼしてその場に崩れ落ちた。それを満足そうに眺めるクローディア。3人ともあまりの美味さに感激して転げまわっていると思っている。

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