第22話 うっかり、間違いを指摘してしまった

「殿下、残念ながらこれでは砲弾は敵陣地には命中しませんな。不合格です」


 ハルゼー教授は王太子に迎合することなく、ばっさりと切り捨てた。エルトリンゲンの顔が青ざめる。みんなの前で恥をかかされた感じだ。

やはり、クローディアやセオドアの予想どおりであった。この展開に多くの学生は沈黙する。解答にたどり着いた者も答えは王太子と似たり寄ったりであった。


「この不十分な解答に修正を加えられるものはいるか?」


 ハルゼー教授は学生の座っている席を見渡す。答えられるものがいないこと見越しての見下したような態度だ。不十分とはっきりと言われて、エルトリンゲン王太子は屈辱で両手の指先がかすかに震えている。


「教授、私が王太子殿下の解答を一部修正します」


 クローディアが挙手をした。王太子の苦境を救おうと思ったのであろう。セオドアはクローディアの意図は分かったが、それが王太子の好感度を上げることにはならないだろうと思った。

 クローディアは黒板の前に進むと赤いチョークで王太子の式を直す。


「砲弾はまっすぐには飛びません。この星の自転で右方向へずれます」

「そんなことは余も知っている。それも計算しての答えだ」


 砲弾が距離によっては右方向に着弾点がずれることは良く知られていた。砲術士官ならば、それを計算して着弾点を洗い出す。軍の経験がある王太子はそれを考慮していた。


「しかし、殿下は風速を計算に入れていません」

「うっ……」


 クローディアは風による補正計算をして着弾点を導き出した。


「これが答えです」

(ああ~やっちまったよ……)


 セオドアは頭を抱えた。クローディアはエルトリンゲン王太子を助けようと修正を買って出たのだが、それは見方によっては王太子の恥を上塗りする行為でもあった。

 王太子の顔を見ると真っ青である。戦場に出たこともないお姫様に間違いを指摘され、これ以上の恥はない。多くの学生の前でこの様は気の毒である。

 だがハルゼー教授はクローディアの答えでも満足していなさそうであった。それはこの教授の予想の範囲であったからだ。


「なるほど。クローディア・バーデン嬢。確かあなたはエルトリンゲン殿下の許嫁であったのう。未来の王妃が王を補佐するとは国の未来も安泰……と考えたいが、これでも不十分だ。残念だがこの答えでは×だ」

(え?)


 クローディアも混乱している。この答えに自信があったようだ。セオドアは(やっぱりね……)と思った。ハルゼー教授が普通の優しい教授ならば、クローディアの答えで良として自分で解説して直すところの講義をしたであろう。いや、エルトリンゲンが答えたところでそれをしたに違いない。

 そうすれば回答した者はプライドを守られる。講義の土台となった計算式を導き出すだけでも十分に優秀なのだ。


「もういないのか。この式にさらに修正を加えられるもの……。くくく……。未来の王と王妃も気の毒だな。二人を支えられる優秀な家来候補はここにはいないようだ」


 どうもハルゼーという老人はとことん意地が悪いようだ。未来の王と王妃にこのようなことをするのはある意味勇気がいるものだが、そういうところを全く気にしないところがいいとセオドアは思った。

 権力の介入を受け付けないボニファティウス王立大学の自治力の強さもあるが、この我を通す態度は教授の性格なのであろう。


「ハルゼー教授、います」


 小さな声でクローディアがそうつぶやいた。学生たちには何を言っているか聞こえなかったが、唇の動きでセオドアは分かった。


「何を言ったのだ、バーデンのお姫様は?」


 少し馬鹿にしたようなハルゼー教授にクローディアは再び同じ言葉を今度は教室中に響き渡る声で言った。


「ハルゼー教授、います」

「は?」

「この解答に完全完璧に修正を加えられる者がおります」


 クローディアは真っすぐ腕を伸ばし、人差し指をターゲットに向けた。

(え? 俺じゃないよね?)

 思わずセオドアは自分の後ろを見たがそこにいたのは、クローディアに席を譲ったハンスである。真っ青な顔を振り、必死に否定する。


(ということは……俺かよ)


 セオドアは頭を抱えた。この悪役令嬢はとことん自分に絡んでくる。


「セオドア・ウォール伯爵だ。彼は我の第一の家来。そして今期、1位の成績で合格した男だ」


 なぜか自慢げにクローディアは紹介する。クローディアの考えでは、エルトリンゲン王太子とクローディアの解答が不十分でもセオドアが正解ならば、その主人であるクローディア、そしてその婚約者のエルトリンゲン王太子の名誉が保たれると思っているようだ。


(そんな考えは成立しないぞ!)


 セオドアは王太子の苦虫を噛み潰したような表情で、クローディアのリカバーがマイナスであることを察した。しかしセオドアはクローディアに指名されて行動しなくてはならない。そして、ここでもし不正解ならさらに王太子は不愉快に思うだろう。


(正解しても不愉快。不正解ならもっと不愉快。解答するしかないじゃないか!)


 セオドアは渋々黒板の前に進み、赤いチョークを握るとクローディアの解答に式を付け加える。やがてハルゼー教授の顔が青ざめ始める。

 式を書き終わりセオドアはハルゼー教授を見た。


「うむ。その修正は完璧だ。さすがは今期トップ合格者といったところか……。王太子とバーデンの姫の答えにどのような修正を加えたか説明せよ」

「簡単です。王太子殿下の答えは転向力を考慮した教科書どおりの答え。これは間違っておりません」


 セオドアはまず王太子を持ち上げる。こうやってフォローしておかないと王太子も立場がない。


「そしてクローディア様。これは風の影響を考慮に入れた修正計算。距離2kmともなると無視できません。これも修正としては正しいです。しかし、ハルゼー教授が示した条件では不十分です。川を超す場合、風の影響は増すはずです。よってその影響を考慮しました」

「うむ。正解だ」


 ハルゼー教授は満足そうにそう答えたがセオドアは続ける。


「しかしこの答えは完全に正解ではありません。恐らく着弾は目標の右2mになります。直撃しないでしょう」

「な、なんだと!」


 教授が正解だと言ったところでセオドアの役割は終わったはずだが、そこでセオドアは満足しなかった。クローディアはセオドアが何を言うのか戸惑っているような表情を見せた。


(俺にフォローさせるのが悪いのだ)


 セオドアはついでのハルゼー教授の鼻を折ってやろうと考えたのだ。

 チョークを持つとさらに修正式を追加する。

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