第2章 王立大学入学試験 編

第12話 うっかり、大学受験をすることになってしまった

「な、な、な……」


 あまりに無礼なセオドアの返答に言葉を失ったクローディア。口をパクパクさせたが、拳を握りしめると深呼吸を1つした。


「我がいつも一人ということは自覚している。周りは媚を売る連中か、我を落として自慢しようと考えているバカな男しかおらぬ」

「おや、ご存じだったようですね」

「バカにするな。我に真の友などおらぬ。それは我のせいではないぞ。公爵令嬢という身分ではできないのだ」


(うまい言い訳だ)とセオドアは思った。確かに彼女の実家の権力を考えれば、損得勘定をしないで近づく人間はいない。だが、それでも友はできるものだ。


(できないのはきっと、この姫様の性格が悪いせいだろう……)


 絶世の美女で頭の良いクローディアに心を許せる友達がいないのは、美人なのに時折見せる悪人顔ときっと性格も悪いのだろうとセオドアは決めつけた。

 ナターシャはクローディアを『悪役令嬢』と失礼な称号を贈ったが、きっとみんなそう思っている。王太子を自分に振り向かせるために王立大学を受験するという執念。そしてそれを他人にも強制させる身勝手さを思えば、『悪役令嬢』と言ってもおかしくはない。


「そうですね。みんなクローディア様に逆らえばどうなるか分かっているのですよ」

「……我はそんなあくどいことはせぬ。みんな思い違いをしておる」

「左様ですか……。それでは俺はこれで……」

「伯爵」

「はあ、まだなにか……」


 セオドアは何だか面倒なことになったと即刻この場から去りたい気持ちでいっぱいであった。超絶美人のクローディアと話すことは悪くはないが、このままいくとこの悪役令嬢から何を言われるかわからない。所詮、自分は伯爵でクローディアは公爵家。圧倒的な力関係の差がそこにはある。


「伯爵、我と共に王立大学の試験を受けよ。そして大学で我を助けよ」

(やっぱり、とんでもないこと要求してきたよ、このお姫様!)


 セオドアは面倒なことに巻き込まれたと思った。何とかこの場をやり過ごしたい。


「クローディア様、王立大学の試験は難関と聞きます。なんの勉強もしていない俺なんかが受かるはずがありません。それにクローディア様も実力では無理でしょう」


 当然の答えだ。この国の最高峰の難易度を誇る王立大学入学試験である。なんの準備もしていないセオドアもそうだが、お嬢様であるクローディアが合格できるはずがない。


「伯爵、我を馬鹿にしているようじゃが、我のことは問題ない」

「そうですか。俺は無理です。姫様は合格してください。それでは俺はこれで」

「無理じゃないだろう」


 セオドアは背筋が凍った。クローディアが鋭い目でにらんでいる。何かを知っているような目である。


(まさか……。俺のことを知っているのか。いや、ダイス女侯爵に紹介された時は明らかに初対面の人間に対する態度だったが……)

「なぜ、そうお考えで……?」


 恐る恐るセオドアは聞き返した。クローディアが自分のことを何か知っているのか、探りを入れたのだ。


「お前は先ほどの会場でクレーベルの客人とも話していた。流暢なフラム語を話していた。それにお前は何だか頭が良さそうだ」


(なんだ、そういうことか……。勘と洞察力が優れているだけ)


 セオドアは少し安堵した。そしてクローディアに答える。


「フラム語が話せるくらい、貴族なら当然ですよ。それに頭が良さそうなどとは思いこみではないでしょうか?」


 フラム語は大陸諸国の共通語である。貴族なら必ず学ぶ言語であるが、正直なところセオドアくらい流暢に話せるのは外交官か上級貴族くらいだろう。


(それを観察していたのか……。やはりこのお姫様は危険だ)

「何だか伯爵は隠していることがありそうだ。胡散臭い感じがする」


 クローディアはそう言ってセオドアに疑いの目を向ける。


「そうですよ、私は胡散臭い田舎貴族ですよ。妹のために人脈を広げようと場違いなところに来ているだけです」


 そう言ってセオドアは退散しようとした。このままいたら、クローディアがなにか感づいたり、思い出したりするかもしれない。しかし、それはクローディアの提案で中断させられた。


「待て。合格して我と共に大学へ通ってくれたら、伯爵の妹の社交界お披露目の件。我がバーデン公爵家が後ろ盾になってもよい」

「本当ですか!」


 思わずそう言葉を出してしまい、セオドアはしまったと口を押えた。クローディアはしめたと手ごたえを感じている。


「そうだ。バーデン家が仕切れば、伯爵の妹の未来は保障されたのも同然だ」


 これがクローディアの出まかせではない。バーデン公爵家の庇護が得られれば、妹のシャルロッテの将来も明るい。シャルロッテによい婿さんを迎えれば、自分が引退できるとセオドアは考えた。願ってもないぐうたらライフまで保障される。


(だがその代わりにこのお姫様の手下になるということか……)


 セオドアは素早く計算する。クローディアのやりたいことは所詮子供の浅知恵レベルだ。王太子と同じ学校へ通い、そこで王太子に振り向いてもらうこと。その手伝いをできる範囲でするのだ。


(まあ、面倒だが所詮は色恋沙汰。巻き込まれてひどい目に合うこともなかろう)


 そう考えたセオドアはこの申し出を受けることにした。バーデン家の後ろ盾は大きい。これでシャルロッテの格が上がり、有力な貴族で性格が良さそうな次男、三男辺りを婿に迎え、ラット島を治めさせれば、晴れてセオドアは若隠居できるというものだ。


「わかりました。クローディア様。このセオドア、クローディア様と一緒に大学入試に挑戦します」

「うむ、よく決断した伯爵。それでは我と伯爵は同志だ」

「はあ……」


 同志ではないと思ったがセオドアは受け流した。抗議をしたところでこの悪役令嬢が取り合うことはないだろう。


「同志だから、我の事はクロアと呼ぶがよい」

「……未来の王妃様を愛称で呼び捨ては不敬にあたります。クロア様と呼ばせていただきます」

「まあよい。それでは伯爵のことはテディと呼ぼう」


 セオドアの愛称は『テディ』というのが広く認識されている。身分の高いクローディアがテディと気軽に呼ぶのはどうかと思ったが、従者と思えばそれもありかとセオドアは了承した。


「それではテディ。王立大学の願書は今週までだ。試験は1か月後。それまで我と一緒に勉強するぞ。よいか、まかり間違っても落ちることは許さぬぞ。そしてこれも大事なことだが、ただの合格ではダメだ」


 セオドアはこのクローディアの命令に思わずため息をついた。何度も言うがボニファティウス王立大学は超難関校だ。国中の秀才が集まってくる。一部王族や権力のある貴族に特別な推薦試験はあるが、基本的には入学するには競争を勝ち抜かないといけない。

 クローディアは実力で突破する気だ。バーデン家の力を使えば推薦入学も可能であったが、彼女は実力で合格することにこだわっている。

 クローディアは自信があるのであろう。それを急に受験することになったセオドアに事も無げに強制するところが世間知らずなところである。

 しかもこのお姫様は合格以上の要求をした。


「上位10名に名前が載ること」


 とんでもない要求である。しかしこれも理由がある。成績10位までは合格者として別に名前が載る。ここに名前が載るということは、実力で合格したという証となる。クローディアの場合、普通に合格しても実家の力が働いたと思われかねない。

 それはクローディアの付き人になるセオドアも同様だ。入学後にクローディアの命令で動いているとなると、これまた実家の力で家来まで合格させたと言われかねない。


(とんでもないことを要求するお姫様だ……)


 セオドアは苦笑した。やるしかない。

 王立大学の試験科目は全部で10科目もある。

 まずは国語である『エルトラン語』。そして外交で使う『フラム語』。そして古代に使われていた『ギリア語』である。

 そして『数学』と『応用数学』、『化学』『物理学』。『政治学』に『経済学』。

最後が『神学』である。それぞれ100点満点の合計1000点である。


(合格のボーダーラインは850点。10位以内に入るとなると950点以上の勝負だな)


 これは至難の業である。セオドアは貴族のお姫様であるクローディアが10位以内に入るのは無理ではないかと思った。

 現実、毎年の合格者の9割は男子で占められる。女子が勉強する環境にないのも理由である。そして成績上位者で女子が10位に名前を連ねることはほぼ皆無である。ここ10年で9位に入った女子がいるだけだ。貴族出身のお姫様が名前を連ねたことはない。

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