第6話 もう何も考えたくない

 結局10時半を過ぎて家に着くと、俺ははちゃめちゃに叱られた。ヒステリーを起こして暴れている母親と、母親を宥めるのに苦慮した父親に「こうなることはわかっていただろう!」とぶん殴られた。


「誰の金で飯を食ってると思ってるんだ! 好き勝手しやがって!」


 ふと、5万円があれば佐伯を好きにできるかもしれないという思いで頭がいっぱいになった。金のためなら何でもする、と言っていた。おそらく既に金と引き換えにいろんなものを佐伯はとっくに捨てているだろう。


「ごめんなさい、もうしません」


 子供の頃から繰り返してきた、親への服従の言葉。金さえあれば、もう何も従わなくてもいいかもしれない。


「大体出来が悪いから工業高校くらいにしか行けないんだ、せめてしっかり勉強して就職してくれないと割に合わないんだからな、出来が悪い奴は何をやってもダメなんだ、わかってるのか?」


 出来が悪い。そんなのはわかっている。クラスの中心に行けない。女子と話せない。きれいな店に行くのが怖い。世間知らずになることが怖い。


「はい、わかりました」


 結局俺はいつもこうだ。小さく呟いて、全部なかったことにしてしまう。そうすればまた明日の朝には穏やかで出来の良い母親を装った女が待っている。それでいい。俺が何もしなければこの家は平和なんだ。


 もう何も考えたくない。こういう日はさっさと寝て、明日になるのを待てばいい。俺は何度もそうしてきたように、頭から布団に潜り込んだ。


『あんただけだ、俺のことガン見して抜いてる奴は』


 佐伯の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。俺はファミレスで出せなかった佐伯への感情を整理することにした。


 まず、ガン見して抜いてる件について。抜いてもらってるからには、誠意をもってやろうと俺は思っていた。ところが世間ではそうでもないらしい。これは俺の世間知らずのすれ違いだ。


 そして、佐伯とセックスしたいか。答えはノーだ。何が悲しくて男とセックスしなくちゃいけないんだ。これは今なら即答できる。絶対違う。


 じゃあ何で俺は佐伯を飯に誘ったのか? 俺としては、日頃の感謝のつもりだった。学校では絶対話せないから、佐伯とゆっくり喋ってみたかった。あいつが何を考えて、どういうつもりであんなことをしているのか。それを聞いてみたかった。


 でもそれって、俺は佐伯のことが好きってことでいいのか? 確かにあいつは気になる。気になるけど、別に抱きたいとかそういうことは思わない。でも抜いてもらうのは気持ちいい。じゃあそれって好きってことでいいんじゃないか?


 やっぱり俺は答えが出せない。


「……5万円払うしかないのか」


 5万円払って佐伯のことを好きに出来れば、何か答えが見つかるのかもしれない。俺はそうして問題を先送りにした。


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