第5話 5万でどうだ?
ドリンクバーから佐伯が戻ってきた。俺の分のコーヒーと、佐伯は新しく持ってきた自分のコーヒーに砂糖を3本入れながら話を続ける。
「なんでオプションつけないの?」
オプション、とは追加料金を払って佐伯に様々なことをさせることだった。たしかカツラをつけるとプラス1000円で、化粧込みの完全な女装はプラス2000円。学園祭でいろんな奴が女装する中で担任が「佐伯は女装しないのか」と言った瞬間に皆が凍り付いたのは忘れられない。
「別に、つける必要がないから」
俺は正直に答える。そうすると、佐伯は更に顔をにやっとさせる。
「そうか、やっぱりそういうことか……」
そう言うと佐伯は手のひらをこちらに向ける。
「5万、でどうだ?」
俺は佐伯が何を言い始めたのかわからなかった。
「5万で下まで脱いでやるよ」
「は?」
俺は困惑する。別に俺は佐伯を犯したいわけじゃない。どうせ突っ込むなら女の子に入れたい。多分。
「だからさあ、正直になろうぜ。俺は金さえ貰えればいいから」
俺は佐伯と本格的にセックスすることを想像して、少し気分が悪くなった。抜いてくれるのは有り難いけど、正直そこまでこいつのことは好きでないはずだ。
「そう言うんじゃないんだけどな」
「じゃあどういう訳だ?」
佐伯はティースプーンでコーヒーをかき混ぜ続ける。
「俺の客で、一回もオプション入れない奴はあんただけ。他の奴はみんなオプション入れて、自分の好きな動画見たりしながら抜いてんだよ。俺はただの生きてるオナホ。あんただけだ、俺のことガン見しながら抜いてる奴は」
佐伯の言いたいことはわかった。でも、多分俺は違う。違うはずだ。
「素直になれよ、そうなんだろう?」
そうなんだろう、と言われても俺は何て言っていいかわからない。佐伯は俺のことを完全にゲイだと思ってる。だけど俺はそう詰め寄られると、少し自信がなくなった。女の子とエッチなことをしたいかと聞かれれば、それはもちろんしたいと思う。だけど、だからと言って他の連中のように彼女を作ることに躍起になるのは違うと思ってる。じゃあ男に興味があるのかと言えば、別に男の裸を見たからと言って何かを思うわけじゃない。
じゃあ佐伯に抜いてもらってるのはどういう訳なんだ?
俺は本当に、佐伯のことが好きなのか?
それとも佐伯が言うように、俺はこいつを生きてるオナホ扱いしているか?
じゃあなんで俺は佐伯を飯に誘ったりなんてしたんだ?
考えれば考えるほど、冷や汗が背中を伝うようだった。俺がどう答えていいかわからない間に、佐伯は追求を諦めたようだった。
「……悪ぃ、触れちゃいけなかったか?」
佐伯は肩を落として、甘そうなコーヒーを一気に飲むと帰り支度を始めた。
「……家に帰るのか?」
時刻は間もなく夜の10時になろうとしていた。俺は佐伯のさっきの話を聞いて、まだ家に帰れないのではないかと不安になった。こんな時間に家に帰れないなんて、その間佐伯は一体何をやってるんだろう?
「帰ってやるよ、だから安心してあんたも帰るんだな」
佐伯はそう言うと伝票を残したまま席を立つ。
「またよろしくな」
去り際の挨拶が、いつもよりも酷く虚しく聞こえた。俺は伝票を持つと、即座に支払いを済ませて家に帰った。
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