第4話 俺の話はつまんない

 8時を20分ほど回った後で、佐伯が手を振りながらやってきた。


「いやー腹減った。まかない食わないで来たんだぜ?」


 そう言いながら佐伯は遠慮無くステーキセットとピザ、それと唐揚げを注文する。


「そう言えば既読つかなかったけど、スマホ見てないの?」

「ああ、さっき電池が切れちゃってさ」


 こういう時、俺は嘘をつくのが上手い。そう俺は思っていた。


「それで、佐伯くんは何のバイトやってるの?」

「カラオケ。部屋の清掃とか、ドリンクの注文とか」


 それからしばらく、佐伯のバイト先での面白話を聞いた。到着した料理を佐伯が一気に食べ終えた頃、時刻は夜の9時をとっくに過ぎていた。


「男子高校生がこのくらいに外出してたら遅いかな?」

「バカ、塾行ってる奴なんて10時まで勉強してんだぞ」


 佐伯の言うことは尤もだった。それでも、これほど遅くまで1人で外出したことがない俺は気が気でならない。


「佐伯くんは家で誰か待ってたりしないの?」

「別に。網代木くんこそ、ご両親が心配でもしてるんじゃないか?」

「まあね……」


 俺は家のことを今は考えたくなかった。


「この不良息子が」

「君にだけは言われたくないな」

「そりゃそうだな」

「それで、どうしてこんなことしてるの?」


 一番聞きたかったことを、ようやく聞き出せる気がした。佐伯はしばらく黙って、何を言うか考えているようだった。


「別に。金が必要なだけだ」

「バイトもしてるのに?」

「バイトじゃ足りねえんだよ。それにそっちのほうが稼ぎが良いし」


 それからしばらく時間があって、佐伯は再び口を開いた。


「……母親が蒸発したんだ」


 その言葉を聞いて、俺は怒鳴り散らす俺の母親を思い出してしまった。


「家に残されたのは、俺と母親の二度目の再婚相手。書類の上では父親だけど、俺もあいつもお互いが親子だなんて思っちゃいない。行きたきゃ今のご時世大学までは出してやるけど、その後は知らねえってさ」


 急に俺はクラスメイトだったはずの佐伯が、遠い国の人間になってしまったような気がした。


「だから俺は冗談じゃねえ、あんたの助けなんか借りないでも生きていける、一切俺の生活費なんか気にするなって言っちまったから、もう勝手にしろって、それっきり。事務的なこと以外話なんかしていない」


 俺は一瞬、佐伯の目の光が消えたように感じた。


「今家に帰ると、あいつの彼女がいる。せめてあいつらがベッドに入るまで、俺はバイトなり何なりで家を出ていないといけない。俺んちじゃないからな」


 そこまで話して頭を振った佐伯の顔は、いつものへらへらした笑顔に戻っていた。


「俺の話はつまんないから止めよう。それより俺からもひとつ、聞いていいか?」


 今度は佐伯が切り出してきた。その前に何か飲むか? と佐伯は立ち上がってドリンクバーに消える。俺はこれから一体何を尋ねられるのかと緊張していた。

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