第2話 クラスの共有物
それから俺は、少ない小遣いをひねり出して定期的に佐伯に抜いてもらうようになった。そのうちに、佐伯についてわかったことはたくさんあった。
まず、中学の頃からこの商売をしていたのは間違いないことだった。佐伯と同じ中学から来た奴は、口を揃えて佐伯の話をしていた。3000円、というのは冗談で「お前いくらで舐められる?」という話になったときに佐伯が提示した額だったそうだ。「じゃあ3000円やるから」とふざけたところ、佐伯はマジでズボンに手を突っ込んで「抜いてやるんだから金寄越せ」とそいつから3000円を巻き上げたそうだ。それから佐伯の「商売」は始まったらしい。
それから、客は童貞限定だった。佐伯が言うには「だって病気とか怖いし」とのことだった。初回に俺はそのことを問われなかったことを本人に尋ねると「網代木くんは見るからに彼女とかいたことなさそうだから」と不名誉なことを言われた。そりゃこんなカースト下位の地味メガネがモテるわけないよな、と自分でも不甲斐なく思う。
俺は学校で佐伯に直接話しかける勇気はなかった。クラスの全員が佐伯の商売を知っていた。それで世話になってる奴も大勢いた。3年間クラス替えのない工業高校で、佐伯が浮くことをクラス全体が恐れた。腫れ物とまではいかなかったが、佐伯はクラスで丁重に扱われていた。教師たちは佐伯の「商売」は知らないようだった。
そういうわけで、佐伯はクラスの共有物だった。勝手に壊したり、好きに使っていいものじゃなかった。みんなで順番に、譲り合って使うもの。そういう意識が俺のクラスにはあった。
「俺が言うのも何だけどさ、網代木くんはもっと積極的になってもいいんじゃない?」
ある日佐伯にそう言われた。日が落ちた神社の裏で、俺がズボンを直している間に話しかけられた。
「積極的?」
「そう。もっと出来る奴だろ、網代木くんはさ」
マフラーを巻きながら、佐伯は帰り支度をしていた。今日は俺が最後の客だったらしい。
「あのさ、家に帰るの?」
佐伯の学外での行動は謎に満ちていた。積極的になれ、と言われたので俺は頑張って声をかける。
「帰んないよ、バイト。またよろしくな」
佐伯は鞄を拾うとさっさと歩き始める。更に話しかけようとしたが、イヤホンを取り出した佐伯にもう声は届かなかった。
「積極的かあ……」
俺は今までの人生を振り返る。中学受験に失敗してから、俺の人生の残りは消化試合になった。高校もいつの間にか「お前が入れるところで一番就職に有利だから」と親が勝手に決めていた。友達も席が近い奴と何となく話しているだけ。テレビも漫画もアニメも、流行っているから見ているだけ。部活は周りの連中と気が合わなくて、続かなくて辞めた。
佐伯のところに通っているのも、何となく噂を聞いたから。俺にとってはテレビや漫画と一緒だ。金払って男に抜いてもらうなんて、クズみたいな俺にちょうどいい暇つぶしなんじゃないだろうか。
でも、俺は佐伯自身を一体どう思っているんだろう。その問題は考えてもきりがないので、俺はとりあえず考えないことにした。
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