御影の湧き水
石屋川車庫から青木駅を目指して歩いていると、印象的な石のオブジェに気づいた。腰ぐらいの高さの四角い石碑だ。その天端から水がこんこんと湧いていた。近くにこれが湧き水だという説明があった。
「御影」という地名は分かっていたので、あれこれ検索したところ、この記憶にある石のオブジェは、阪神御影駅の北口にある「澤乃井の地碑」だったようだ。Googleストリートビューで当時と景色の違いに戸惑ったが、北側にあった工業高校が商業ビルに変わっているので、校庭がビルに変われば景色は違うなと理解した。「御影」という地名もこの湧水にちなんだ伝承によると知った。
阪神御影駅の高架の下には「沢の井」と易しい字にした泉があり、それが本来の澤乃井のようだ。四角い小さい池を清浄な湧き水が満たしている。
このときは、澤乃井の地碑だけを見て、「ここはこんなにも水が湧いているのか」と感動を覚えた。
なぜそれほど印象的だったかと言えば、平地で泉が自噴していることはそうそうないためだ。腰の高さの石の上に水が湧くためにはその高さに相当する圧力がかかっていないといけない。金沢の兼六園では自噴式の噴水があるが、これは近くの高い位置の池の水圧を利用している。噴水は池の水面より高くなることはない。
近くにそういう高台があるわけでもないのに、石の上にじわじわと水が湧いているのが本当に不思議だった。そして同時に、「水道が止まってもこの水は飲み水に利用できる」とも思った。
今の時点で考えると、澤乃井の地碑はポンプで水を汲み上げている可能性がある。しかし、震災の時もこの石碑から水を飲んだという情報があり、やはりここの地下水は六甲山の標高に由来する水圧がかかっていて、不透水層を破ると水が噴出するのかもしれない。だとしたらとても稀有な土地だ。
実は大腸菌などが検出されて、正式には石碑の湧水は飲めないらしい。東京も井の頭公園では周囲の開発で地下水が湧出しなくなりポンプで汲み上げている。開発で地下水が飲めなくなっても上水道があれば普段の生活は問題ない。しかし、せっかくの湧水を飲めなくして、いざ災害が起きた時に飲み水がなくなるというのは皮肉な話だ。日本はまだ飲める湧水が各地にあるので、それを保存することは将来への備えになる。
そこから青木駅まで歩いていると、公園のグラウンドにオリーブグリーンのテントが並んでいた。自衛隊の宿営地だ。場所は住吉公園だったようだ。今なら展開している部隊がどこなの調べたり、それが分かるものを写真に収めておくが、この頃はそこまでは意識していなかったので、写真も何も残していなかった。
青木駅から電車に乗って、あまり遅くならないうちに大阪支社に戻った。するとそこで、会社の上の人から明日には帰宅してよいと言われた。こうして唐突に、現地に行く「仕事」が終わった。
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