灘の酒蔵

 高速道路の高架橋を観察しながら歩いていて、どうもずっと甘い匂いがしていることに気付いた。青木駅から国道43号に入って少し歩いたあたり。後で地図を見て御影駅が近いあたりと分かった。

 それではと道を逸れて北の方に歩いてみると、大きい木造の建物が倒壊している。そこから甘い匂いが漂っていると分かった。倒壊した残骸の中にホーローの大きい容器がひしゃげて転がっていて、ここが日本酒の酒蔵だと分かった。こぼれた醪があたりに甘い香りを放っていた。

 神戸の東灘区は、日本でも有数の酒の名所だというのは後で知った。六甲山から流れてくるミネラル豊富な地下水は酵母に活力を与え、米の糖分を素早くアルコールと酸に変えて酸味が強く、甘みの少ない辛口の酒ができる。これがいわゆる「灘の男酒」で、対称的に硬度が中程度の伏見の水で作る酒を「伏見の女酒」という。灘で作られた日本酒は樽廻船で大量に江戸に運ばれ、江戸の需要の8割を満たしたという。

 この地震で、昔ながらの酒蔵がいくつも大きい被害を受けた。今Goole Earthを見ると同じ場所にもう酒蔵はなく、大型の店舗がいくつかできている。

 全国に名高い灘の酒蔵を、まさかこんな形で知ることになるとは思いもしなかった。


 帰りは国道43号の南側の端に沿って歩いた。甘い匂いが漂ってくるあたりに戻ってくると、海側の工場の敷地で積んであったケースが崩れて酒の瓶が大量に割れている状況だった。どんな銘柄かと建物の上を見ると、関東でもよく知られた日本酒の銘柄が見えた。

 今、これを書くために検索して、灘の酒蔵がどうなっているのかが分かった。国道43号より北のエリアからは酒蔵は撤収して、南側、海側のエリアに集約されているようだ。

 西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷を合わせて「灘五郷」として酒の名所として売り出し中で、兵庫県の公式観光サイトにも灘五郷酒蔵めぐりのルートが掲載されている。灘五郷酒造組合のサイトを見ると、御影郷に白鶴、菊正宗、剣菱など全国的に有名なブランドがずらりと並んでいる。

 灘の酒蔵は復活し、今も全国に、そして世界に酒を届けている。関西に行くことがあれば、酒蔵を歩いて回ってみたいと思った。

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