第111話 ジーンVSアベル
「お、間に合った」
試合のコートにジーンとアベルが対峙して立つ姿を見て、ミモザはそうつぶやいた。
ミモザはたった今、順調に初戦を終えたところである。タイミング的に二人の対戦に間に合うか心配だったがお手洗いを済ませて屋台でフランクフルトと飲み物を買ってぎりぎり間に合った。
ミモザは観戦席へと腰を下ろす。
「何故隣に座るんですか?」
途端にぎろり、とオルタンシアがにらんできた。ここは賓客席である。試合へ参加する選手の席と隣接した位置にあるため都合が良かったのだ。
ミモザは真顔で真剣に言った。
「レオン様が怖いからです」
「…………」
「庇ってください、保護者として」
「誰が保護者ですか」
「僕じゃなくてレオン様のですよ?」
ミモザのその言葉に彼はまんざらでもない顔をしながらもふんと鼻を鳴らした。
「彼は自立しています。よしんば保護者がいたとしても出る幕はありませんね」
「その割には口出し多いよなこの人」
「何か言いましたか?」
「なんでもないです」
手に持ってるフランクフルトにかぶりつく。ちょっとして「ガブリエル様は?」と姿が見えないことに気づいて尋ねた。
「いろいろと所用がありまして、今席を外しています」
「そうなんですか」
レオンハルトもそうだが、ガブリエルもなかなか忙しい男である。オルタンシアは呆れたように「ちなみに」と言う。
「今、君が座っている席はガブリエルの席です」
「…………」
ミモザは買ってきたミルクティーを飲む。
ずぞぞぞぞー、と音を立ててストローで飲んだ後、
「まぁ、いらしたら譲ります」
と返した。
「当然です」
オルタンシアは呆れたようにそう言った。
整えられた黒い前髪がわずかな風に揺れた。今日は風が少ないなとジーンは思う。あっても微風である。
見上げた空は曇天だ。
(雨が降らなければいいが)
常なら屋根があるため気にならないが、今はむきだしだ。
(もっとも、騎士として働き出したらどのような状況でも最大のパフォーマンスができなくては使い物にならないか)
そう思考を切り替えた。
視線を正面へと戻す。短い藍色の髪に金の瞳。見慣れた英雄の男と顔の造作などはよく似ているが、まるで違う印象を受けるのは何故だろうか。
(あっちが大型の獅子ならこっちは猛犬かな)
絶対的強者であるという余裕のような物が少し足りないのかも知れない。
「貴方には思うところがありますので、容赦できないかも知れません」
ジーンは静かに告げた。彼は少し気まずそうに髪をかきあげる。
「例の件だろ、悪かったと思ってるよ」
アベルはラブドロップ事件のことを『例の件』とぼかした。公の場で認める発言はできないからだろう。
しかしその言葉にジーンはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、それもありますがそれだけではありません」
「………?」
アベルが訝しげに目を細める。その姿を真っ直ぐに見据えると、ジーンはビシッと指を差した。
「僕は、金髪美少女が幼馴染だなんて恵まれた環境にいる人は嫌いです!」
「えっと……」
ヤバい奴を見るような目でアベルは戸惑ったように数歩後退った。
「ブレないなー」
そのやりとりを見ていたミモザはつぶやく。
審判役を務めている騎士がごほん、と咳払いをした。ジーンは何事もなかったかのように姿勢を正す。その姿はどこからどう見ても新米騎士としての模範のような素晴らしい態度である。
「それでは、双方準備はいいか?」
「はい」
審判の問いかけにジーンが返事をする。
それに慌ててアベルは剣を構えた。
二人の準備ができたのを目視で確認して、審判は告げる。
「試合開始!」
カーンと涼やかな音のゴングが鳴り響いた。
先に動いたのはアベルだ。彼は剣を一振りし、炎の刃を鋭く放つ。しかしそれはジーンが放った衝撃波にすぐさま叩き切られた。その動作の間にアベルが距離を詰めようと駆けてくるのを突如として地面が盛り上がり妨害する。
「………ちっ」
アベルは横殴りに襲いかかってくるそれを剣で防いだが、そのまま吹き飛ばされてなんとか地面へと着地する。すぐさまその土は蛇のようにうごめきそれを追跡するのにアベルは駆け出した。
ぐるりとコートの端を回るように追いかけっこをしていたが、キリがないと悟ったのだろう。彼は剣を振り土の蛇を攻撃する。
「おらぁっ!」
切られた先端が削れて地面へと落ちたが残された部分は位に介さずアベルに襲いかかった。アベルは後退しながらだが繰り返し剣戟を繰り出し、なますを切るようにそれを切り刻んでいく。徐々に土の蛇の長さが短くなっていくのに、さすがのジーンも攻め手を緩め、その動きを止めた。
二人は最初の距離を保ったまま再び対峙していた。
はっ、と声を出してアベルが笑う。
「どうやら切り落とされた部分はお前の支配下から外れるようだな」
「……だとしたら一体なんだと言うのです?」
坦々とジーンがそう告げるのに、強がりだと思ったのかアベルは笑みを深める。
「切り落としていけばいつかは終わるって言ってんだよ」
「なるほど」
ジーンは一つ頷いた。それと同時に土でできた蛇は鎌首を持ち上げてアベルの頭上へとその質量を増しながら覆い被さるように持ち上がる。
アベルの頭上へと影が差した。
「ならば、処理しきってみてください」
そこで初めてジーンはにこり、と爽やかな笑みを浮かべた。
「もっとも、切った瞬間に土は土砂のごとく貴方に降り注ぎ、身動きなどできなくなるでしょうが」
「…………っ!」
アベルが慌てて防御形態を自らの頭上へと展開した。と同時に土が一気にアベルの元へと降り注ぐ。
防御形態というのはいわば盾である。それはほとんどの人の場合、平面体であることが多く、あってもミモザのチロのようにお椀型がせいぜいだ。つまり背面はガラ空きである。
ジーンはすかさずアベルへと駆け寄ると頭上に張っている防御形態を尻目に、そのがら空きの首元へと剣をひたりと寄せた。
「おしまいです」
「勝者、ジーン!」
審判が判定を下す。それと同時に会場からは歓声が上がった。
「馬鹿だなあ」
その光景を見てミモザはつぶやく。
「何がです?」
「今のですよ」
ミモザはフランクフルトの最後のひとかけを口に頬張りつつ、オルタンシアの問いかけに答えた。
「あれは防御形態ではなく潜水の祝福を使うべきでした」
「潜水の祝福?」
オルタンシアは訝しげだ。
「ええ」
しかしミモザは平然と頷く。
「あれなら銀か金の祝福があれば全身を覆うことができる。あれは深海でも使用が可能な代物です。つまりその程度の水圧に耐えられる強度があるのです。少量の土砂くらいなら防ぐことができる」
さすがに魔法攻撃や剣を防ぐことはできないだろうが、少なくとも武器は確保できるため土砂を潜水の祝福で防ぎ、剣での攻撃に応戦することができたはずだ。あるいは潜水の祝福を直前で使用して土砂に潰されたように装い、ジーンが油断しているところに不意打ちで攻撃を仕掛けてもいい。
(もっとも)
銅であるミモザがその作戦を実行するのはリスクが伴う。頭と頚部しか守られないため他の部位の負傷を覚悟しなくてはならないのだ。そのためミモザの場合は本当に追い詰められた際の最終手段になってしまうが、しかし彼ならば全身覆って守れるのだからノーリスクのはずだ。
「これが宝の持ち腐れか……」
ミモザはつまらなそうに食べ終わったフランクフルトの串を近くのゴミ箱へと投げ入れた。
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