第110話 開会式

 ミモザは御前試合が行われる闘技場へと来ていた。鳥に破壊された屋根部分は落下の危険があるためか取り払われている。それ以外は割と無事だったようだ。

 鳥に殺されかけたのがつい昨日のことのようである。

 実際は何日も前のことだ。ミモザはこの日までレオンハルトから隠れるために宿屋を渡り歩き、時には野宿をして過ごしていた。

(受け付け……)

 観客用の列とは別に閑散とした受付があった。観にくる人よりも騎士になる人数の方が圧倒的に少ないからだろう。大して並ぶこともなくミモザは受付の王国騎士の前に立った。

「では塔攻略の証を示してください」

 言われて右手の甲を差し出す。そこにはすべて銅で埋まった花弁のような塔攻略の証があった。

 受付をしていた騎士はそれを見て少し驚いた顔をした後、同情するように優しい顔を作った。

「大丈夫、人には向き不向きがあるからね。攻略しただけで大したものだ。今日は楽しんで」

 ぽんぽんと肩を叩かれる。

「……はぁ」

 非常に大きなお世話である。

 御前試合では自らの守護精霊による攻撃以外にも獲得した祝福の能力を使うことも許可されている。そのためすべて銅であるミモザが善戦することは難しいと思われたのだろう。

(『楽しんで』、ときたか……)

 まぁ、確かに勝たなくともすべての塔を攻略した時点で精霊騎士にはなれる。

 ミモザはうろんな目で彼を見た後、渡された参加証を持って中へと進んだ。

 中は非常に広いドームのようだ。少し違和感を感じるのは芝が張られておらず地面が露出しているからだろうか。

(あ……)

 藍色の髪が風になびく。黄金の瞳がこちらを見ていた。

 彼は賓客がそろう席にいた。高所に位置する席から腕を組んでこちらを見下ろしている。

「…………」

 ミモザは軽く目礼するとその場を離れた。


 高らかな管楽器の音が鳴った。ざわめきは徐々に収まり会場は静寂に包まれる。そんな中ゆっくりと壇上へと登る人がいた。

 アズレン王子である。

 彼は壇上へと上がると、まずはムキィッと得意のマッスルポーズを決めた。

「諸君! 今日はよく集まってくれた!」

 ニヒルに笑った口から真っ白な歯がきらりと光る。

「君たちは今日から、この国の騎士である! まずはすべての塔を攻略したその功績を讃える!」

 王子がばっと両手を掲げた。会場の観客席を埋めている人々は心得たように拍手喝采を浴びせる。

 王子が手を押し留めるように伸ばすと拍手は止んだ。彼はゆっくりとその手を下ろす。

「これより、勲章を授ける! 勇者達よ! 前へ!!」

 試練の塔の攻略者達は一斉に一歩前へと出た。その数はほんの十数名だ。たったそれだけの人数しか、七つの塔を攻略するに至らなかったのである。

 ミモザがちらりと横目で見ると、当然ながらその中にはジーンやアベル、ステラの姿もあった。

 王子は壇上から降りると攻略者達の前へと立った。王子の側で騎士の証である勲章を係の者が差し出す。それを彼は受け取って一人一人の胸元に飾った。

 ステラの前に立った時、王子はわずかに目を細めたように見えた。

「おめでとう!」

 しかし余計なことは言わずに他の者達同様その胸元に勲章を授ける。

「ありがとうございます」

 ステラも常の通りに美しく微笑んだ。

 それからしばらくしてミモザの番が来た。王子はにかっと歯を見せて笑う。

「おめでとう!」

「ありがとうございます」

 ミモザは丁寧に騎士の礼を取った。彼はそれに満足そうに頷くと勲章を授けて立ち去った。

 やがてすべての人に勲章が行き渡り、王子は壇上へと再び上がる。

「では、新しい騎士の諸君! これから君たちの実力を私に示してもらおう」

 彼は尊大にそう告げると微笑んだ。

「これより、試合を開始する! この国の歯車としての有用性を存分に示してくれたまえ!!」

 御前試合の始まりだった。


 試合はトーナメント形式で行われる。

 トーナメント表を見に行くとステラとはどうやら決勝まで行かないと当たらないようだった。

 アベルとジーンはミモザと同じブロックだったが、ミモザよりも先に二人が当たるようだ。つまり勝ち上がってきたどちらかとミモザは戦うことになる。

 ミモザがちらりと周囲を見回すと、同じようにトーナメント表を見ていたステラと目が合った。

 彼女はにっこりと花のように微笑む。

 しかしそれだけでこちらに話しかけてこようとはせず、アベルを伴って観客席へと向かってしまった。

(余裕そうだな)

 そのミモザのことを歯牙にもかけないという態度にミモザは違和感を覚える。

 何かを企んでいるのだろうか? 

 考え事をしながらミモザも自分の試合まで時間があるため観客席へと向かう。ふと顔を上げるとちょうど向かいから歩いてくるオルタンシアを見つけた。

 二人の目が合う。オルタンシアの耳に傷があるのに目を止めて、ミモザは「オルタンシア様」と呼び止めた。

「なんですか?」

 彼はゆったりと歩み寄るとミモザにそう問いかけた。すぐ後ろにはガブリエルが控えて立っている。

 ミモザはそのすみれ色の瞳をじっと見つめた。

「その耳の傷は……」

「ん? ああ、これですか。大したことはないんですよ」

 彼は耳に触れる。

「先日孤児院の子と遊んでいたら、背後から強襲を受けまして」

「強襲」

「ええ、スコップで。なかなか見事な一撃でした」

 彼は将来有望ですね、とオルタンシアはしみじみと告げる。

「なるほど」

 ミモザは簡潔に頷くと、そそそ、とオルタンシアに近づく。そしてその耳元へと口を寄せると囁いた。

「ところで先日、レオン様に拉致監禁されまして」

「は?」

 オルタンシアは驚愕の表情でミモザを見る。それにミモザはゆっくりと頷いた。

「ガチです」

「それは、その……」

 痛む頭を抑えるようにオルタンシアは手を当てる。そうしてすぐに我に帰ったかのように顔を上げた。

 その顔を見てミモザは聞く。

「大丈夫ですか?」

「ええ、はい……」

 オルタンシアはミモザのことを気まずげに見た。

「ありがとうございます」

「いいえ」

「ちなみに……、訴えたりなどは」

「しません」

 ミモザのその返事に彼はあからさまにほっと胸を撫で下ろした。

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