第105話 デート、またの名を痩せ我慢

 翌日、まずは服の調達だと普段着を着ているミモザはブティックへと引きずられて行った。前回のような高級店ではないが、もう少し若者向けのそれなりに品の良い店である。そこで水色のワンピースとツバの広い帽子をあてがわれ二人は外へと出た。帽子には藍色のリボンがあしらわれ、胸元には藍色の花のコサージュをつけている。

 前回のドレスほどではないが値が張りそうだなぁ、と小心者のミモザは服を引っ張りながら思う。

 レオンハルトも今は軍服でも礼服でもない。黒いワイシャツとスラックスというラフな格好だ。普段いかつい格好をしているだけにそのようにラフな格好をしていると体格の良さが際立った。

「では行くか」

 その光景をぼんやりと眺めていたミモザにレオンハルトは振り向くとそう言って手を差し出した。

 ミモザはその手を取る。

(一体何をさせられるんだろう……?)

 その答えはすぐに判明した。

 それはデートスポット巡りであった。

 公園の湖でアヒルさんボートに乗り、ハート型のアートがある場所を見物する。一緒に訪れると縁が切れないという噴水にコインを投げ、永遠の愛が続くと噂の鐘を鳴らす。

 とはいえ、巡っているのは普段仕事しかしていない陰キャ二人である。

 その様相はたくさんいるカップル達の中では浮きまくり、手を繋いでただうろうろと徘徊する人達になってしまっていた。

 それだけでもなかなかに羞恥心を煽られる苦行であったが、最終的に辿り着いた若者に人気のカフェでとうとうミモザは根を上げた。

「あ、待って待って待って、これダメだ。ほんと無理です!」

 ここは御前試合を行う闘技場が見えると評判のカフェである。背後に闘技場の背景を背負いながら、ミモザは見るのも嫌だと言わんばかりの態度で両手をぶんぶん振る。

 二人の目の前にはカラフルなジュースが置かれていた。しかし一つだけだ。一人分にしてはデカめの器に入ったそれには、ハートの形を描いて交差し、飲み口が二つ突き出ているという気が狂ったようなストローが一本刺さっている。

 ろくに友達と遊んだ記憶もない陰キャにはあまりにも酷い仕打ちだ。辛すぎる。

 恐る恐るレオンハルトの様子を伺うと、彼はふっとうつろな目で笑った。

「俺は目的のためなら多少の痛みを無視できる男だ」

「罰ゲームにそこまで体を張らないでくださいよ」

 最悪の自己申告である。

 ミモザは力無く首を横に振る。これはあまりにも無益な行為である。

「やめましょう。こんな誰の得にもならないことは……。お互いに癒えない傷を負うだけです」

「うーむ」

 一体何を悩むことがあるというのか、レオンハルトは腕組みをしてうなった。

「得るものはあるにはあるんだが、コストに対して利益が上回るか微妙なところだな」

「絶対失うものの方が多いと思いますよ」

 遠い目をしてミモザは言った。

 結局そのジュースはミモザが一人占めし、レオンハルトは追加でコーヒーをオーダーした。

 お互いに慣れないことをした疲労をしばし無言で飲み物を飲んで癒す。

 一息ついたところで、レオンハルトが口を開いた。

「実は確認したいことがあってな」

「はい」

 ミモザは姿勢を正した。先日の一件ではないだろう。彼は有言実行の男である。訊ねないと言ったら訊ねないはずだ。

「君の『未来の記憶』とやらについてだ」

 黄金の瞳がミモザを真っ直ぐに見つめる。

「先日は君が殺されるという件を優先して確認しそびれてしまったのだが、ステラ君の言動のことだ。もしかして彼女もその『未来の記憶』とやらがあるのか?」

「それは……」

 前回は確かに話していなかった。

 そのことを説明するには、芋づる式に一度目の人生のこと、そしてステラが繰り返した理由を話さなくてはならなくなるからだ。

 すなわち、レオンハルトの死、あるいは狂化に呑まれることを、だ。

 ミモザは少し考え込んだ。うまいことその部分を隠して話す方法があるか、そもそも隠すべきなのかがわからない。

(いや、オルタンシア様の件が解決して僕が死なない以上、狂化の可能性は排除できたはずだ)

 つまりそのことについては話さなくてもいいだろう。あとは死ぬかもしれない件だが、これは知っていた方が防げる確率が上がりそうだ。

 ミモザは話す内容を頭の中でまとめると口を開いた。

「なるほど、腑に落ちたよ」

 その都合の悪いところははぶいた説明を聞いて、レオンハルトは軽く頷いた。

「ステラ君のあの言動も、君の『俺を助ける』と言う言葉も」

「……申し訳ありません」

「何を謝る」

 彼は苦笑する。

「助けてくれるんだろう?」

「はい」

 ミモザは力強く頷いた。

 ここまできて、死なせはしない。

 そんなミモザを微笑ましいものでも見るように眺めて、レオンハルトは頬杖をついて首を傾げた。

「具体的に俺が死にそうになるのはいつ頃なんだ?」

「えっと、」

 ミモザは頑張って断片的な記憶をたどる。

「確か、御前試合の開会式です。闘技場で突如巨大な鳥の野良精霊が襲ってきて……」

 そしてその野良精霊の近くにいたステラ達をかばってレオンハルトは死ぬのだ。

(いや、でもそれは一周目だな)

 ふとミモザは気づく。二周目のレオンハルトはそもそもその時点で狂気に呑まれているはずである。

(あれ? これ、どうなるんだ?)

 本来ならミモザはすでに死んでおり、そしてレオンハルトは狂化済みのはずだ。そのため2週目では野良精霊はレオンハルトの配下に下り、レオンハルト戦の前の前座となるのだ。

(けど、レオン様は狂化に呑まれていない)

 ーーということは?

「ミモザ?」

 かけられた声にはっと思考の海から意識が戻る。

「どうした?」

「あー、えっと……」

 なんと説明しようか、と迷いつつ口を開くと同時に、背後で何かが崩落する音がした。

「………え?」

 人の悲鳴が聞こえる。振り返るとそこにはーー、

 崩壊した闘技場と、そのドームの屋根に巨大な鉤爪を引っ掛けて立つ真っ青な巨鳥がいた。

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