第102話 判明

 オルタンシアは禿げを気にしているだけだった。

 フレイヤはガブリエルに惚れていて、ガブリエルは義兄妹と仲が良かっただけ。

 セドリックは王子フリークだ。

(手がかりがなくなってしまった)

 寝起きの頭でミモザはぼんやりと思う。他に怪しい言動も探るべき事柄も思いつかない。

(お姉ちゃんは犯人に接触を図っていた)

 ということは少なくともゲーム中に犯人は判明しているはずなのだ。

(思い出せ! 僕の脳……っ!)

 しばらくベッドをごろごろと転げ回って見たり、頭を壁に打ちつけてみたり、逆立ちをしてみたりしたが思い出す気配は微塵もない。

「うーん、一度レオン様に相談にでも行くか?」

 時間的にまだ彼は家にいてもおかしくない。朝食に誘いついでに聞いてみるか、とミモザは着替えを済ませる。

「報告もしないと……」

 オルタンシアにはなりゆきで調査報告書を提出したが、そもそもミモザの直接の上司はレオンハルトである。彼にも報告はしておくに越したことはない。メモをもとにまとめ直していたレポートとステラの移動を記した地図を手にミモザはレオンハルトの執務室へと向かった。

「レオン様?」

 軽くノックをして扉を開く。部屋の中は不在だった。

(私室の方か?)

 来たついでに持ってきたレポートだけでも机に置いて行こうかとミモザは部屋の中に入った。見ると机の上には地図が広げてあり、その地図には印と日付が書かれている。おそらく野良精霊の異常が起きた場所だ。それをなんとはなしに眺めてミモザは違和感を覚えた。

「……ん?」

 しばしじっくりと眺めて、おもむろに自分が持ってきた地図を取り出す。その二つの地図を見比べた。

「え?」

 何度も確認する。しかし書いてある内容が変わるわけでもない。

「これって……」

 ステラが通った後に異常が起きている。

 すべてではない。しかし複数箇所、ステラが滞在した数日後に異常の報告がされているのだ。

「いや、でもなんで……」

 もしもステラがこれを引き起こしていたとして、理由がわからない。自作自演で異常をおさめて回っているのならばまだわかる。しかしそのような話はミモザの調査した範囲では聞いた覚えはない。

「……偶然?」

 しかし嫌な一致だ。ステラが訪れていない場所でも異常は起きているが、ステラが訪れた後の場所はほぼ90%くらいの確率で異常が起きているのだ。

(なにか関わりがあることは間違いなさそうだけど……っ)

 目を見開く。

 ふと、ミモザは気づいてしまった。

 ある可能性に。

「あれ、もしかしてそういう……」

 そう考えると、すべてがつながるのだ。

 気づいてしまったことにミモザの体から一気に脂汗が吹き出る。心臓の音がやけにうるさく、体が妙に熱い。

(野良精霊の異常を引き起こした犯人が、わかってしまった……)

 そしてこれはきっとゲームでも起きたことなのだ。

 だって今のミモザの持つ情報はゲームのミモザが持っていてもおかしくない情報だらけだ。

 たぶんゲームのミモザも犯人に気づいてしまった。だから殺されたのだ。

(これ、どうし……)

「……ミモザ?」

 唐突にかけられた声に、ミモザはびくりと体を震わせた。

「どうした? こんなところで」

 レオンハルトだ。彼はゆっくりとミモザに近づいてくると背後からミモザの手元を覗き込むようにした。

 とっさにミモザは自分の地図の方をポケットへとぐちゃぐちゃに仕舞う。

「なんだ、地図を見ていたのか?」

 彼の金色の瞳が、こちらを見透かすように覗き見た。

「……いえ」

 ミモザは首を横に振る。心臓は早鐘のように鳴っていた。しかしそれを態度に出さないように、ことさらゆっくりとミモザはレオンハルトのことを振り返った。

「朝食に誘いに来たのですが、いらっしゃらなかったので私室にお伺いするところでした」

「ああ、なんだそうか。では食堂に行こうか」

 彼が優しげに目を細める。藍色の髪がさらりと流れた。

 今日の食事も味がしないだろうな、とミモザは渇いた口内をなんとか潤せないかと舌で唇を舐めた。

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