第76話 聖剣

 そこは森の中だった。

 青々と生い茂る木々や草花、頭上まで覆う木の葉の隙間から木漏れ日が溢れる。

 どこか遠くで鳥の鳴く声がしていた。

 ミモザはあたりを見渡すと遠くに何か光る物が見えた気がしてそちらに近づく。そこにあったのはーー、

「聖剣……」

 木々や草花がそこだけ生えるのを避けたかのような森の中の突如開けた空間に、その何の変哲もない剣は刺さっていた。

 近づいてしげしげと眺める。

 ごくり、と一つ唾を飲み込んだ。

 ミモザはそれに手をかけると、勢いよく一気に引き抜いた。

「………抜けた」

 思わずぽかんとする。しかし何か力が湧いてくるような気配はない。

 どうしようかな、と剣をぷらぷら振ってみると

『何のために力を望む』

「うおっ」

 剣から声がした。もう一度振ってみる。

『何のために力を望む』

 まったく同じセリフがきた。

(なんか、あれに似てるな)

 ボタンを押すと決まったセリフを喋ってくれる人形みたいだ。

 ミモザはもう一度振ろうとして

『振るな。何のために力を望む』

 注意を受けた。どうやら録音された音声が再生されているわけではないらしい。

 ミモザは周囲を見渡して誰かが近くに潜んで腹話術をしていないかを確認してから、小さく一度息を吸って、言った。

「奪い返すために」

『何を?』

 その質問にちょっと悩んで、告げる。

「僕の、生きる価値を」

 しばしの沈黙が落ちる。ミモザはあまりにも正直過ぎたか、と少し後悔した。

 あまりに利己的で小さな動機だ。

 世界を救うためじゃない。誰かを助けるためでもない。

 自分自身を、満足させるためだけだ。

 たったそれだけのことに命を賭けている。

 自分のちっぽけで、あまりの小者ぶりに笑えてくる。

 そこまで考えて、ふともう一つ思いついた。

「大切な人を守るために」

 レオンハルト。

 ミモザの脳裏にあの藍色の髪と金色の瞳がちらつく。

 彼が死んでしまったり、狂化に飲まれてしまう運命さえ変えられれば、例えミモザがどうしようもない奴でも、例えミモザが聖騎士になることに失敗したとしても、上出来ではないだろうか。

 ミモザは微笑む。

 先程の自嘲の笑みとは違う、それはとても穏やかで見る者の目を奪うような満ち足りた微笑みだった。

『ふむ』

 聖剣は考え込むような声を発する。

『動機が不純なのはまぁいいが、魔力が足りんからダメじゃ』

「え、」

『あと不適合者が触れた場合は私はここから解放されることになっておる、感謝する』

「え?」

 そしてばきり、と剣は折れた。

「……………」

 ミモザは折れた剣を見つめて呆然とする。

(魔力の話なんか聞いてない)

 ゲームではそんな設定はなかったはずだ。

「クソゲーめ」

 淡い期待を抱いて損をした。ちぇ、と口を尖らせてミモザは折れた剣を投げた。それはミモザがここに入る時に通過した壁にぶつかり、そして通り抜けて消えた。

「いてっ」

 続けて、誰かに当たった音と声がした。

 ミモザは慌てて壁に頭を突っ込んで異空間の出入り口から外を覗く。

「あー、なんじゃこれは」

「折れた剣みたいだね」

 息を呑む。そこには以前第5の塔で遭遇した老人、保護研究会のロランが頭をさする姿と、その隣で剣の残骸を拾う見知らぬ少年がいた。

 少年はミモザとちょうど同じくらいの年齢に見える。淡い水色の髪に水色の瞳をした中性的な美少年だった。真っ黒い礼服とネクタイという服装と声でかろうじて少年であろうと推察できた。

 にこやかに微笑んでいるように見えるのに、何故だか不吉な印象を与える少年だ。

 ミモザは少し悩むと、彼らが折れた剣に気を取られている隙にそっと異空間から抜け出して彼らの背後へと回った。

 そしてチロをメイスへと変えるとロランへ向けて振り上げる。

「ロラン」

 水色の少年がまるで後ろに目がついてでもいたかのように振り返るとミモザへと杖を向けた。

 そこから風の刃が鋭く放たれる。

「……っ」

 ミモザは素早く後方へと飛んでそれを避けた。

「あっ、おぬしは」

 ロランがミモザを見て声を上げる。

「知り合いかい?」

 少年は親しげにロランに声をかけた。年端もいかない少年が老人に対等な立場で話しかける様子はいやにちぐはぐな印象を受ける。

 しかしロランは気にせず少年の問いかけに頷く。

「第5の塔で邪魔をしてくれおった小娘じゃ」

「あーあの、聖騎士の弟子だっけ?」

「そうじゃ」


『どうしてここに?』


 見知らぬ少年とミモザの言葉がかぶった。

 ミモザがメイスを構え、ロランも槍を構えた。その間に立つ少年はまるで降参でもするように両手を上げながらにこりと笑う。

「まぁ落ち着きなよ。ボクは君と敵対するつもりはないよ。今はね?」

「なぜですか?」

「メリットがないからさ。逆に言えば君と仲良くしてもデメリットがない」

 ロランも落ち着きなよ、と彼は声をかける。

「むぅ、しかしこの小娘は……」

「話は君から聞いて知っているよ。なかなかの食わせ者だっていうのはね」

 彼は心得ていると言わんばかりにぱちり、とミモザにウインクをしてみせる。

「でも君も今は手を出す理由がないんじゃない? 僕たちは今、なんの犯罪行為も犯してないんだからさ」

「貴方はともかくそちらのご老人は脱獄犯ですよ」

「まぁまぁ、それだけじゃない」

「大問題なんですけど」

 あの後レオンハルトの機嫌が悪くて大変だったのだ。なだめるのにどれだけ苦労したことか。

 半眼で見やるミモザに、彼は人差し指を顔の前でピンと立てて見せると「聖剣」と呟いた。ミモザはぎくりと肩を揺らす。

「こんなところで遭遇するなんて、それ以外に理由があるかい?」

「なんのことだかわかりませんね」

 そらっとぼけるミモザに「実は随分前からこの場所に目星はつけていてね」と彼は語りかけた。

「けどここから先、聖剣の取り出し方がわからなかったんだ」

 先ほどミモザが投げ捨てた折れた剣を彼はかざして見せる。

「これ、壊れているけど聖剣だよね? そしてこの剣の出現と同時に君は現れた」

「……僕はただの通りすがりです」

 苦しいがミモザとしてはそう言ってしらをきるしかない。ここで認めるのは悪手だ。

 ふむ、と彼は一つ頷く。

「質問を変えよう。ここに来るまで手掛かりとしてあるはずだった石碑がすべて破壊されてたんだよね」

「あ、あー……」

「知らないかい? 石碑」

「知りません」

「ほんとーに?」

「知りません!」

 しばし、じぃっと彼はミモザのことを疑わしげに見つめた。ミモザは必死で目線を逸らした。

「………」

「……………」

「…………………」

「………………………すみません、それあげるんで勘弁してください」

「やっぱり壊したのは君だったか」

 まぁここに三人しか人がいない以上、その中の誰かが犯人なんだけどね、と少年は肩をすくめる。

「ボクとロランが違えば君しか犯人いないよね」

「他の第三者かも知れないじゃないですか」

「本気で言ってる?」

 もちろん、本気では言っていない。悪あがきをしてみただけだ。

「ご先祖様の手記には場所の手がかりは書いてあったけど取り出す方法は書いてなかったんだよね」

「ご先祖様?」

「そう。ああ、そういえば名乗ってなかったね」

 そういうと少年は綺麗な礼をしてから黒い五角形を取り出して見せた。五角形の一番上の角に金色の印がついている。

「ボクはエオ。保護研究会の五角形のうちの一角だよ」

 彼は美しく微笑んだ。

 その名前にミモザは聞き覚えがあった。

「貴方がバーナードの言っていた……」

「……ああ。彼を捕まえたのも君なのか」

 彼の言葉にしまったとミモザは迂闊な発言を後悔する。

(敵だとみなされただろうか)

 いざとなったら逃げ出そうと片足を後ろに下げたところで、彼はそれに気づいたように苦笑した。

「ああ、気にしなくていいよ。保護研究会のメンバーはそれぞれ独立していて仲間意識は薄いんだ。一角が削れたって別の誰かがそこに補充されるだけだからね」

「……はぁ」

 それはなんとも薄情な話である。

 しかしロランは彼とは異なる意見なのか案ずるように「バーナードはどうなった?」と尋ねてきた。

「……今は牢屋に収監されていますよ。しかし犯した罪が罪ですから。近いうちに死刑が確定するでしょう」

「……そうか」

「おっと、そういえば例外がいたねぇ。君はみんなと仲が良かった」

 呆れたように、しかし許すように微笑んでエオは言う。

「そうだな、君が望むなら彼のことを牢屋から連れ出してあげても構わないよ。君のことを連れ出したようにね」

(エオがロランのことを脱獄させたのか)

 ミモザは驚く。どうやら二人はそれなりに親しい仲のようだ。ロランは彼の提案に少し悩んだ後、

「いや」

 と首を横に振った。

「助けに行くならわしが行くからいいわい」

「それは良くないなぁ」

 それにエオは難色を示す。

「君の脱獄があってただでさえ警備は強化されているし、その上彼は王国騎士団団長の恨みを買っているからね。君が行ったら一緒に捕まるのがオチだよ」

「む、む……」

「行くならボクと一緒だよ。それ以外は認めない」

「むぅ……」

 ロランは困ったように眉を寄せ、結局「少し考えさせてくれ」と結論を見送った。

 どうやらこの二人に関しては主導権はエオが握っているらしい。

 エオはこちらを見ると「脱線しちゃったね。なんだっけ? 自己紹介だったっけ?」と首をひねった。

「もうお名前はお伺い致しました」

「そうそう、そうだったね。ちなみに本名はアイウエオだよ。長いからみんなエオって呼ぶんだ」

「50音じゃん……」

 その補足情報に思わずミモザは小声でつっこんだ。

「え、」

「ん?」

「あ……」

 ミモザはぱっと自分の口を両手で塞ぐ。

 エオと名乗った少年はそれを面白そうに眺める。

「君、この音の並びに心当たりがあるの」

「ありません、ありません」

「ふーん?」

 ミモザは冷や汗をだらだらと流す。

(なんで日本語の50音が名前なんだ……?)

 全くもって意味がわからない。

「ゴジューオンって、なんじゃ?」

 二人のただならぬ様子にロランが首を傾げる。

「うふふ、なんだろうねぇ」

 明らかにわかっている様子のエオはにやにやと言った。

「ちなみにこれはご先祖様の手記に記されていた音でね、50文字が5から3文字のまとまりで記されていたものだよ」

 やっぱり50音表だった。

「ここから順番にうちの人間は名付けられることになっている。ちなみにボクは一人っ子だけど弟が生まれれば名前はカキクケコになっていたはずだよ」

 あまりに雑過ぎる名付け方だ。そしてやっぱり意味がわからない。

 エオの言った情報が本当だったとして、日本語の知識があったのはエオではなく先祖だったということになる。

(そういえばご先祖の手記に聖剣の場所の手がかりが書いてあったって言ってたな)

 ということはエオの先祖はゲームのプレイヤーだった可能性が高い。転生なのか転移なのかはわからないが、それに類する何かなのだろう。

 そこでふと、ミモザは思い出した。

「あのぅ、もしかしてなんですが……」

「うん?」

 エオは促すように顎を上げる。

「貴方のご先祖様って、ハナコ・タナカ様って名前じゃありませんか……?」

 以前聞いた150年前の異世界チートのお方である。

 その質問にエオは目を見張ると「驚いた」と口にした。

「その通りだよ。よくわかったね」

「ははは……」

 なるほど、納得である。

「ボクはフルネームをアイウエオ・タナカというんだよ」

 聞けば聞くほどふざけた名前だ。しかし日本の知識がない人間は少し変わった名前としか思わないのだろう。

「それで? えーと、君は……」

「あ、ミモザです」

「ミモザちゃん、君は何者なのかな?」

 にやにやとエオは察しがついているように尋ねてきた。

「えっと、僕はレオンハルト様の弟子で……」

「うん、知ってる」

「えーーーーとっ」

 ミモザの思考はぐるぐると空転する。彼は敵か味方かというと敵寄りの人間である。

(ーーというか)

 はっとミモザは気づく。

(彼は主人公の攻略対象では?)

 確か保護研究会にも一人いたはずだ。天才キャラだったと記憶している。

 立場の強そうな美少年。その上、日本の知識あり。

(攻略対象な気がする)

 しかし確証はない。記憶があやふや過ぎてわからないのだ。

「うふふ」

 黙り込むミモザをどう思ったのか、エオは笑うと折れた聖剣を振って見せた。

「まぁ、これの提供に免じて今は君の正体は暴かないでおいてあげよう」

「ありがとうございます」

 普通に助かったのでミモザは平身低頭した。

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