第75話 第6の塔 攻略
第6の塔の祝福は、水中移動である。
その名の通り、水の中を移動できるようになる祝福で、ゲームの中では巨大なシャボン玉に入って水の中を移動していた。
ミモザは今、第4、第5の塔をすっ飛ばしてここに来ていた。
理由はーー、
(お姉ちゃんはゲームのことを知っている……?)
マシューの発言だ。もしもステラがすべてを知っているのだとしたら先にやっておかねばならないことがあった。
(いや、でも……)
ゲームのことを知っているというにはマシューの言っていたステラの発言は少し違和感がある。
ゲームの記憶を持つミモザとしては『繰り返している』という感覚はない。そのため『これから起こることがわかる』という発言には同意できても、『前回』『やり直せた』に関しては奇妙な発言であるという感覚を拭えない。
(まるで本当にそうしたみたいな言い方)
そこでハッとミモザは顔を上げた。
(ゲームの記憶じゃなくて、本当に『前回』の記憶があるのか……?)
だとしたらその言い方にも納得がいく。
「チロ、どう思う?」
「チー」
チロは肩の上で首を横に振ると、今考えたところで結論は出ないぞ、とミモザのことを諭した。
「……そうだね」
とりあえず、ステラが『これから起こること』を知っているのは確かなのだ。
「準備を早く進めないと」
そう言っている間に、ミモザは広大な湖へと辿り着いた。
これが第6の塔の試練だ。
ミモザはその湖へと足を踏み出す。
試練の内容は単純明快、向こう岸まで辿り着くこと、その過程で湖の中に沈む鍵を見つけることだ。
当然、湖の中には野良精霊がうじゃうじゃ泳いでいる。
しかし今回のミモザのお目当てはそれだけではない。
実はこの第6の塔には隠しステージが存在する。水中にある洞穴のうちの一つが異空間へと繋がっており、そこにあるアイテムがあるのだ。
その名も聖剣。
それを手に入れることにより、主人公の攻撃力が全体的に向上するというチートアイテムだ。
これは難易度がイージーの際にだけ出現する隠しアイテムであり、手に入れなくてもゲームの攻略に支障はないが、手に入れればサクサク敵を倒せる便利お助けアイテムである。ステラは最初の塔で金の祝福を受けていた。ということはイージーモードのはずなのだ。
(それをお姉ちゃんより先に手に入れる)
あるいは破壊する。
悲しいかな、これまでの経験からミモザは若干予防線を張るように心がけていた。
自分ではダメだった時の予防線だ。
例えゲーム上では見つけさえすれば誰でも使用可能という設定の聖剣であろうが、これまでの祝福がすべて銅という強制ハードモードのミモザでは駄目かもしれない。
(いや、いいんだ。お姉ちゃんの手に渡りさえしなければ……)
もうそれ以上は望むまい。そう拳を握る主人にチロは同情するようにその頬を撫でた。
ミモザは湖を泳ぐ。透明度の高い湖は見下ろすだけでその内部を覗き見ることができた。
湖の底には人工物と思しき石造りの建物や石像がちらほら沈んでいる。それが何を意味しているのか、ミモザにはわからなかった。
(見つけた)
その中に小さな白い石碑を見つけてミモザは大きく息を吸うと潜水した。
この石碑が聖剣の在処を示す手がかりなのだ。
この石碑には古代語が刻まれている。その古代語自体には大した意味はないが、全く同じ文字が三ヶ所に書かれており、それを繋がると三角形ができるのだ。その三角形が矢印の役割を果たしており、その示す通りに進むと次の石碑が現れるという寸法だ。それを辿っていけば最後は聖剣に辿り着けるはずだった。
ミモザは石碑の文字を確認する。趣味のおまじない関連本の読書により鍛えられた古代語の知識でなんとはなしにその文章を読む。
「…………」
そこには『最近の若者はなっとらん、目上を蔑ろにして……』という愚痴が延々と書かれていた。
(これを作った人、立場弱かったのかな……)
聖剣を使えばそれなりの地位を築けそうな気もするが、隠しているということは隠した人物は使用しなかったのかも知れない。
ミモザは気を取り直して三つの文字を探し、そして方向を確認するとその石碑をメイスの棘で貫き粉砕した。水上へと上がると矢印の方向へと適宜水底を確認しながら泳ぐ。あとはひたすらそれの繰り返しだ。
塔の内部は基本的に石造りなのだが、所々光を放っている石が頭上にも水底にも存在していてある程度の視界は確保できていた。もしかしなくとも暗視の祝福があればもっと見やすいのかも知れない。
時々似たような石造りの像などに騙されることもあるが一つ一つ確認しながらミモザは進む。ついでに手がかりの破壊も忘れない。
ステラに一周目の記憶があるのならば記憶を手がかりに聖剣を探せばいいため、この破壊行為は無意味だと思われるかも知れないが、実は有効な戦略である。
何故なら聖剣の位置は一周目と二周目で異なるからだ。
もちろん、ゲームの記憶があるのならば、そしてニ周目をプレイしたことがあるのならば石碑がなくても聖剣の位置はわかるだろう。その場合は隠蔽工作としての意味はない。しかしこうすることでステラの反応から彼女にある記憶が『前回の記憶』なのか『ゲームの記憶』なのかを判断する材料になる。
場所が見つけられなければステラにあるのは『一周目の人生の記憶』、場所が見つけられるのならばステラにあるのは『ゲームの記憶』だ。
確認するタイミングがあるかどうかわからないが、後々参考になれば儲けものである。
ふいに、潜水するミモザの頭上に黒い影が差した。それは巨大なワニの姿をした野良精霊だ。彼はミモザに気づくと同時にものすごい速さで急降下してきた。
そしてごぽっ、と音を立てて泡を吹きながらその動きを止めた。ミモザがメイスの棘でワニを刺し貫いたからである。しばらく力無くもがいていたが、やがてその動きを止めたワニに、ミモザはメイスの棘を引っ込めた。そのままワニは水上へと浮かんで行く。周囲にワニの血が広がり視界が悪くなったので、ミモザも一度水面へと浮上した。
「……ぷはっ」
ぜいぜいと肩で息をする。さすがに長時間水泳と潜水を繰り返すのはきつい。
「筋肉がなかったら断念していたかも知れない……」
やはり筋肉は素晴らしい、としみじみとつぶやく。
ちなみにゲームでのステラは合成スキルで船を作って移動していた。そして鍵の光が見えた時だけ潜水するのである。
ではミモザは何故そうしないのか? 答えは簡単である。
銅の合成スキルでは大きい物は作れないからである。
ミモザは無言で頭上をふり仰ぐ。
別に気にしてはいない。今更である。
何故か湖の水なのに若干塩辛く感じるがこれは誰がなんと言おうと気のせいなのである。
「やばい……、挫けそう」
上半身だけ水面に出しながら思わず顔を両手で覆うミモザに、チロはメイス姿のまま、今挫けたら死ぬぞ、と忠告をした。
そうこうしているうちにやっと終点にたどり着いたらしい。潜水するミモザの目の前にぽっかりと口を開いた洞窟が現れた。中は暗闇で見通すことはできない。
「…………」
ミモザは覚悟を決めると、その洞窟の中へと飛び込んだ。
洞窟の内部は緩やかに上方へと昇る坂道になっていた。少しずつ幅の狭くなる道に引っかからないように注意しながらミモザは進む。すると急に開けた場所に出た。ずっと岩だらけだった足元は砂に変わり、ミモザは水面目掛けて上昇する。
「……はぁっ、はぁっ」
あたりを見渡すとそこは入江のようになっていた。もう少し進めば足がつきそうだ。岸を目指して泳ぎ、久しぶりにミモザは地面へと足をつけた。
「間違いない。ここだ」
最後の石碑が砂浜に刺さっている。ミモザはその向きを確認するとメイスですかさず壊し、足を進めた。
「………?」
一見すると、それはただの行き止まりで、塔の壁である岩壁があるだけのように見えた。
「いやでも、確かにこっちに矢印が……」
ミモザはその付近の岩壁を手で撫でる。すると1ヶ所だけやけに冷たいことに気がついた。
「…………」
水中で拾っておいた鍵をミモザは取り出す。それは当然のように銅だったが、今は色は関係ない。
それを冷たい岩に押し付けた。
「………っ!?」
とたん、ミモザは引力のようなものに引っ張られてその中へと吸い込まれた。
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