第59話 それぞれの事情

「ミモザ!」

 喜色をにじませた声でステラが名前を呼んで立ち上がる。その瞳はきらきらと輝き、頬を紅潮させて笑う姿は相変わらずうっとりするほど美しかった。それに若干げんなりしつつミモザは首を横に振る。

「話は聞かせてもらった。けど薬草の採取は種類に厳密な制限があるし、塔の外に持ち出す行為は禁止だよ」

 本当は何も言わずに立ち去りたかったが、聖騎士の弟子という立場上、犯罪行為に対して忠告くらいはしないと世間体が悪い。

 ミモザのその忠告に、ステラは悲しそうに眉根を寄せた。

「どうしてそんな意地悪を言うの?この子が可哀想だとは思わないの?」

「可哀想だったら何をしてもいいわけじゃない」

 ミモザは上げていた手を下ろした。そして幼いながらに横槍を刺したミモザのことを強く睨みつけてくる少女のことをちらりと見る。

「薬草の数は限られている。取り過ぎれば当然絶滅してしまうから採取量は制限されているし、採取されて薬になって以降は優先順位を医者と国が判断して必要性の高い人に優先的に分配されるように管理されている。それを無視して掠め取る行為は犯罪だし、なにより他の順番を待っている人達に対する裏切りだ」

 それはステラというよりは少女に向けて言った言葉だった。彼女は気まずげに俯くが、すぐにまた顔を上げると「でも」と言い募った。

「でも、お母さんの病気が悪化したら……っ」

「医者はしばらくは大丈夫だと言ったんでしょ?」

 ぐっ、と少女の言葉が詰まる。ミモザはその様子にため息をついた。

「おおかた、お姉ちゃん以外の人にも頼んで断られたんじゃないの?今僕が言った理由で」

「え?」

 驚いたようにステラが少女を見る。少女は図星だったのか気まずそうに身じろぎをした。

「そりゃあ皆断るよ。バレたら大変だし君の言っていることに理はない。多少同情の余地があるとはいえ君のただのわがままだ。そんなことに自分の人生を賭けるような真似、まともな神経ならしないよ」

「でも……」

 ここまで言っても諦めきれない様子の少女に、ミモザは容赦をやめて言葉の切先を突きつけることにした。

「なんで君がやらないの?」

「………っ」

「第2の塔は攻略したんでしょ。なら第3の塔にも自分で入って自分でやってくればいい」

 少女は俯く。ミモザは近寄ると彼女の顎に手をかけて上を向かせ、逃げることは許さないというように無理矢理目線を合わせた。

 彼女の瞳をその湖のように深い瞳で覗き込む。

「それをしないのは怖気付いたの?それとも何か他の理由かな。わからないけどさ」

 少女の目には怯えが浮かんでいた。そのまるで被害者のような表情に腹が立つ。

「自分の欲望のために罪を犯すというのなら、人に押し付けないで自分でしなさい」

 ぼろぼろと彼女の瞳から大粒の涙がこぼれた。それを無表情に見下ろして、ミモザは顎を掴んでいた手を離した。

(さて……)

 言いたいことも言わなければならないこともとりあえずは全て伝えた。あとはもうミモザの仕事ではない。そそくさとその場を立ち去ろうとするミモザのことを、しかしステラは許さなかった。

 ミモザの前へと立ち塞がり、両手を広げて逃がさないと言わんばかりに睨みつける。

「どうしてそんな酷いことを言うの?この子はここまで頑張ってきたんだから、その努力は褒められるべきことだわ」

 ミモザはため息を吐く。うんざりと髪をかき上げた。

「褒めるだけでいいならいくらでも褒めてあげるよ。ここまで来た根性は認める。でもそれとルール違反をしてもいいかどうかは別の話だよ」

「ルールルールってそればっかり!ミモザには人の気持ちがわからないの?」

 その言葉にミモザは鼻白む。とんだ言われようである。

「規則は守らないと国も世界も成り立たなくなっちゃうよ。なによりきちんとルールを守っている人が損をしちゃうのはダメだ」

 けれどただちにその場を立ち去りたい気持ちになんとか蓋をして諭すように話しかけた。しかしステラは拒絶するように首を横に振る。

「人それぞれ事情があるじゃない」

「黙って従ってる人にも事情はあるよ」

「……決めた」

 何を、と問いかける時間は与えられなかった。ステラの目が何かを覚悟したようにきらめき、ミモザのことを射抜く。

「ミモザ、わたしと勝負をしなさい。そしてわたしが勝ったら彼女に薬草をあげるのをこれ以上邪魔しないで」

「犯罪を容認しろってこと?」

 そんなのはダメだよ、と言おうとして急に頭痛に襲われてミモザは黙り込んだ。

(これは……)

 くらくらと目眩がする。既視感がミモザを襲ってくる。

(妨害イベント……)

 仕掛けてくるのはステラからとゲームとは逆になっているが、今この場面は確かに『ステラ達が塔に入るのを邪魔する』というミモザの妨害イベントそのものだった。

(これを止めようとしたのか、ゲームの『僕』は)

 薬草を無許可で採取しようとするステラを止めようとして次の妨害イベントは起きたのだ。

「ミモザ」

 黙り込んでいることを了承と取ったのか、ステラはティアラをレイピアへと変えて構えて立った。

「勝負よ!」

 その澄んだ真っ直ぐな眼差しに、ミモザの頭痛は増した。

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