第60話 バーサス!
「精霊との親和性が高いということはどういうことかわかるか?」
故郷の森で、昼食のサンドイッチを頬張りながらレオンハルトは聞いてきた。
ミモザもその隣に座ってサンドイッチを食べながら首をひねる。
「精霊との親和性が高いとその分意思の伝達がスムーズになる。つまり、技を出す速度が速く、そしてコントロールが緻密にできる」
ミモザが何かを答えるよりも早く正解は示された。彼はこういうところがある。少しせっかちなのだ。
「ーーとはいえ、速度などコンマ数秒の差だがな、しかしそのコンマ数秒の差が勝負の世界では命運をわける」
「つまりそれが僕の強みですか?」
そうだ、と彼は頷く。
「メイスというのは本来、致命的な弱点があるんだがそれが何かわかるか」
「うーん、重い?ってことですか?」
「そうだな、重くてでかい。だから攻撃が大振りになって軌道が読みやすく、一撃は重たいが攻撃した際に隙ができる。だから攻撃を避けられてしまうとその隙を突かれる」
そこでレオンハルトは一度言葉を切ると、射抜くように鋭い視線でミモザを見た。
「しかし君のメイスは違う」
息を呑む。今、レオンハルトはミモザのことを弟子としてではなく対等に戦う相手として分析しているのだとわかった。重苦しい敵意がミモザの全身を突き刺す。
「棘があるだろう。ただでさえ親和性の高さゆえに早いのに、その上0から生み出しているわけではないからさらに予備動作なしで棘がつき出てくる。振りかぶったり振り下ろしたり、本来なら隙になる動作をしていてもその姿勢から変幻自在に棘を伸ばして攻撃できる。つまり君の武器は近接戦闘においては最強レベルだ。下手をすれば、俺でも負ける可能性がある」
その時のレオンハルトはミモザを仮想敵としてどう相手取るのがいいかを考えていたのだろう。聖騎士になるということは彼を倒すということでもあるのだとミモザはその時初めて実感を伴って理解した。
この目の前の最強の騎士の恐ろしさを。
ーーつまり、どういうことかというとミモザは、
近づけなければ勝てないのである。
(やべぇ)
ミモザは冷や汗をかいていた。
正直舐めていたのだ。ステラには一度卒業試合で勝っていた。だから今回もうまくやれば勝てるだろうと思っていた。
(甘かった)
ちっ、と舌打ちをする。ミモザの足元には白銀の氷が無数に広がり、徐々にその機動力は削がれていっていた。
前回の試合、あれでおそらくステラは学んだのだ。ミモザに距離を詰めさせてはいけないと。そしてしっかりと対策をとってきた。
「……くっ」
光線銃が放たれる。避けるミモザの足元を目掛けて氷の破片が突き刺さった。それから逃げようと更に足を踏み出すが、地面が氷に覆われていて足の踏み場がないことに気づき、ミモザはメイスでその氷を破壊してすんでのところで回避する。
そうこうしている隙にステラの光線銃のチャージが完了してしまう。涼しい顔をして立つ彼女の周囲にはストックの氷の破片が次々と補充されつつあった。
これである。
彼女の底なしの魔力から次々と補充されていく魔法攻撃のストックが減らないのだ。これにより間髪入れない攻撃が続き、防戦一方のミモザは接近することができない。
それだけなら持久戦で相手の魔力が尽きるのを待つという手がミモザには使えるが、故意か偶然か、彼女はそれを封じるように足場を凍らせてミモザの逃げる場所と体力をじわじわと削り取ってきていた。
逃げる場所がなくなるか、氷に足を取られればミモザの負けである。
(どうしよう?)
また光線銃が飛んでくる。ミモザはそれをかろうじて避ける。その足元に再び氷が突き刺さる。
「くっそ……っ」
棘を伸ばして攻撃を仕掛けてみるが軽いステップでそれは簡単に避けられた。やはりミモザの攻撃は遠距離では効果を発揮できない。
一応ミモザにも一般的に誰にでも使える衝撃波を放つという遠距離攻撃はある。しかし魔法の撃ち合いになればMPが先に尽きるのはミモザである。正直ステラ相手では勝ち目がない。
では一度後方に下がって遮蔽物を利用して背後から近づき不意打ってはどうか、と考えて周囲を見渡すが、周りには岩が点在するのみで岩と岩の間を移動する姿が見られてしまうため、不意打ちは困難そうだ。
防御形態であれば攻撃を防ぐことだけはできる。しかし防御形態は強力ではあるが止まった状態でしか使えないという欠点があり、これも接近する手段には使えない。
(なら……っ)
ミモザはチロを防御形態へと変える。ミモザの前方に攻撃を防ぐように棘の突き出した半球状の盾が現れた。
「あら?もう降参?」
それを見てステラはふふっと花のように笑う。その青い瞳が喜びに輝く。
「いいのよ、ミモザ。貴方はわたしよりも弱いんだから」
ステラがミモザを断罪するようにレイピアを突き出して見せる。氷の破片が狙いを定めるように前方へとぐっと寄った。
「強がらなくて、いいのよ」
言葉と共に、光線銃が放たれた。
「……ぐっ」
ミモザの盾はなんとかその攻撃を耐え忍んだ。そしてステラが次に氷の破片を放つその前の一瞬の隙に、
ミモザは防御形態のまま、その棘を伸ばした。
「………っ!?」
ステラはそれを避ける。しかし動揺したのか本来ならミモザ目掛けて放たれるはずの氷の破片は明後日の方向へと飛んでいった。
それを待っていた。
正直防御形態での棘の伸縮など普通の攻撃よりも射程範囲が狭く貫通力もない、ただの一発芸みたいなものだ。しかしその一発芸でステラは今、光線銃も氷の破片もストックがない状態へと陥っていた。
「うおおおおっ!」
雄叫びを上げてミモザはステラへと突進する。ステラが魔法を生成する前、その前に近づければミモザの勝ちだ。
(間に合え……っ)
あと数歩でステラにメイスが届く、そのタイミングで、
「……っ、くそっ!!」
ミモザはメイスで氷の破片を弾いた。次々と氷の破片がステラを守るように囲み、ミモザの元へと飛来する。ミモザはそれを弾きながら後退するが、
「………っ!」
(しまったっ!)
間に合わなかった。その動揺が足に出た。ステラがそこら中に張り巡らしていた氷の残滓に足を取られてミモザはよろめく。
それを見逃すステラではない。
「行け!」
ステラの鋭い声とともに、氷の破片がミモザへと目掛けて発射された。
「ーーーっ!」
ミモザは体勢を崩しながらも致命傷だけは避けようとメイスを前に突き出した。氷の破片が突き出したミモザの手に当たるかと思われた次の瞬間、
「………え?」
目の前に土の壁ができていた。
ミモザの隠れた魔法属性が危機に反応して目覚めたーー、わけがない。
「もういいでしょう」
その爽やかな青年の声はミモザの背後から響いた。
「単なる兄弟喧嘩なら放っておきますが、犯罪行為の隠蔽を暴力によって強要する行為は見逃せません」
整えられた黒髪が風に揺れる。真っ直ぐな黒い瞳ははっきりと非難の意味を込めてステラのことを見据えていた。
ジーンである。
彼は手にした剣を構えながら尻もちをついたミモザを庇うように前へと歩み出た。
「ミモザさんは確かに金髪美少女らしからず、品性の欠片もないことを言うしやるし奇行に走りますが、けれど道理に反したことは致しません」
ジーンはその剣の切先を敵意を示すようにステラへと向ける。
「貴方も同じく金髪美少女らしからぬ方のようですが、ミモザさんの方がよっぽどましです」
「…………」
ミモザはいろいろと言いたいことはあったが、空気を読んで黙っていることにした。
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