第53話 ハードモード開始

「じゃあ、そろそろ塔の最上階へと行きましょうか……」

 なんとか立ち直ったジーンは力無くそう言った。まだその顔色は青白い。

「ジーン様はもう鍵を見つけられたのですか?」

「え?ええ、先ほど拾いました」

 そう言って彼は、銀の鍵を取り出してみせた。

「……………」

「まぁさすがに金は見つかりませんよ。でも思ったよりすぐに見つかって良かったです」

「すぐに」

「ええ、入り口の近くに落ちてまして……」

 にこにこと悪気なく笑うジーン。ミモザは無言で自分のハンカチを取り出すとそこに包んでいた大量の銅の鍵をザーっと地面へとばら撒いた。

「えっ、ミモザさん、随分と大量に……」

 言いかけて気づいたのか彼はそこで言葉を止めた。

「えっと」

「すぐに見つかったんですか」

「え、えーと、どうだったかな」

「入り口の近くで」

「もしかしたら結構込み入ったところにあったかも」

 誤魔化すジーンに、ミモザはにこりと笑いかけた。

「ジーン様、いつ塔にいらしたんですか?」

「えっと、10分、いや15分前かな」

「そうですか、僕は朝の5時頃からいます」

「…………」

「今、何時でしたっけね……」

「え、えーと」

 気まずそうにジーンは言った。

「そろそろ昼食時ですね……」

「ふっ」

 ふっふっふっ、とミモザは笑う。声は笑っているがその表情は半泣きだ。

「ミモザさん……」

 痛ましいものを見る目でジーンはそっと、ミモザの背中に手を添えた。

「大丈夫です。現実をしっかり受け止めましょう。怖くないですよ」

「うわーん!!」

 ミモザは再び地に伏した。ジーンは先ほどのミモザのように無言でその背中を慰めるように撫でた。


「行きましょうか……」

「はい……」

 2人してしょんぼりと肩を落として歩く。階段を登ってすぐにその扉はあった。

 鍵をさす。回す。

 かちゃり、と小さな音を立ててその扉は開いた。本来なら初めての塔の攻略に感慨深くなるのかもしれないイベントを2人は無感情に淡々とこなした。

 感動するには2人とも心が疲弊しすぎていた。

 扉の向こうには暗闇が広がり、そこには一つだけ光が浮かんでいた。それはゆっくりとこちらへ近づくと右手の甲へと吸い込まれるように消えた。そこには花のような紋様が現れ、その花弁の内の一枚が銅色に染まった。それ以外の残り6枚の花弁は肌色のままである。

「塔の攻略の証ですね」

 そう言うジーンの手の甲には銀色の花弁が輝いていた。

 それを見てミモザはちっ、と舌打ちをする。

(そうだ、試しに……)

 第一の塔で得られる祝福、『観察』を使用してみる。使うことを意識してジーンのことを見てみると、そこにはゲーム画面で見るような表示が現れた。

『Lv強い MP多い HPまぁまぁ』

「………クソゲーめ」

 ミモザ、ハードモード確定の瞬間であった。


「では、僕はこれで」

 塔から出たところでジーンはそう言って小さく手を振って見せた。

「王都はこっちですよ?」

 来た道を指差して見せるがジーンは首を横に振る。

「先生に念のため塔の周辺を見て回るように言われているんです。野良精霊の異常が塔の周辺で起きると大変ですからね」

 ジーンは明言しなかったがおそらくその『大変』の中には塔の試練を受けに来て被害者が出ると被害者遺族の会との関係がまた悪化しかねないことも含まれているのだろう。

 そういうことならとミモザも同行しようか迷ったが、ステラと鉢合わせしてしまう危険性を考えるとそれははばかられて結局見送ることにした。

 ただでさえ銀の鍵が見つからなかったせいで予定が押しているのだ。当初の予定通りにいっていればとっくに帰っている時間である。

 ジーンが塔の奥にある森へ立ち去っていくのを見送って、ミモザもさて帰るかと振り返ろうとしたところで、

「あら、ミモザ?」

 嫌な声がした。見たくはなかったが見ないわけにもいかないのでゆっくりと振り返る。

 風に靡くハニーブロンドの髪、星を孕んだサファイアの瞳、透き通った肌に淡いピンクの艶やかな唇。

 にこりと笑って、彼女は言った。

「奇遇ねぇ、こんなところで会うなんて」

「お姉ちゃん……」

 そばにはアベルを伴って、ステラがそこには立っていた。

「あら?」

 何かに気づいたようにステラは目を見張り、そしてそれを見てふふっ、と嬉しそうに笑う。

「ミモザ、もう塔に行ったのね」

 ミモザの右手を見たのだろう。そこにある紋様は塔を攻略した証だ。

「銅だったの?残念だったわね。でも大丈夫よ、ミモザ」

 彼女は微笑んで、慰めるように続ける。

「次の塔ではきっと銀が取れるわ」

「……うん。そうだといいね」

 ゲームではミモザは銅しか取れない定めであった。次も銅の可能性が高い。

 対してステラはあえてハードモードを選択しなければ銀以上は確実だろう。

(不公平だなぁ)

 はぁ、とため息をつく。

 卒業試合以降ステラときちんと顔を合わせたのはこれで2回目だ。1回目は試合後の夕食だ。その時はさすがにステラも無言で非常に気まずかったが、今の様子を見るにどうやら立ち直ったらしい。

 まぁたった一度の負けでへこたれる人間ではないだろうとは思っていたが、それにしてもご機嫌である。

「……何かいいことあったの?」

「わかる?」

 うふふ、とステラは笑うと「ジャーン」と可愛らしいお花柄の巾着袋を取り出して見せた。

「これなーんだ!」

 そう言いながら巾着袋を開けてその中身を手のひらに広げて見せた。

 じゃらじゃらと流れ出てきたそれは大量の魔導石であった。

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