第52話 試練の塔 第1の塔

 試練の塔、第1の塔はチュートリアルの塔である。

 敵は一切出現しない。ただマップの見方や試練の塔の説明のためにあるような塔である。そのためその試練の内容は至極簡単で子どもでもできるお使いのようなものだ。あちらこちらに隠されているはずの鍵を探して塔の最上部にある扉に挿す、ただそれだけである。ただし鍵は3種類ある。そう、金銀銅の3種類だ。そのうちのどの鍵を見つけられるかにより、祝福の精度が変わるのである。そして今、ミモザはーー

「銅しか見つからない……」

 大量の銅の鍵を抱えて途方に暮れていた。

 もはや疲れ果てて天を見上げる。そこにはやはり塔の中にも関わらず綺麗な青空が広がっていた。

「クソゲーめ……」

「チー…」

 チロが慰めるようにミモザの頬を撫でる。ミモザはその優しさに「うっ」と泣き崩れた。

 あたり一面には色とりどりの花畑が広がっていた。蝶々や蜂がぶんぶんと飛び交っている。その中で1人地面にへばりつくミモザ。

(悲しい……)

 いや、わかってはいたのだ。そうなるかも知れないと予測はしていた。

 しかし予測していたのと実際に起こるのとではやはり重みが違うのだ。

 通常確かに銅より銀の方が見つかりにくい。金など見つけられる人間は稀である。しかし銀は一般的に見つかる部類のはずなのだ。

 周囲を見渡せば銀の祝福を持っている人は普通にいる。特に騎士を目指すわけではない人でも普通に持っている。

 故にゲームのノーマルモードは銀で、ハードモードは銅なのだ。

「あの…、大丈夫ですか?どこかお怪我でも……」

「いやちょっと世界に絶望してただけなので大丈夫です」

「それは大丈夫なんでしょうか……」

 親切に声をかけてくれた人物はそこまで言って、「あれ?」と声を上げた。

「ミモザさん?」

「はい?」

 名前を呼ばれて顔を上げる。

「……何やってるんですか?本当に」

「僕の中の金髪美少女は地べたにへばりついたりしないんだけどな」と神妙な顔で呟くのは王国騎士団団長の弟子、ジーンであった。


「ミモザさん、まだ塔の攻略されてなかったんですね」

「そういうジーン様もですか?」

「ええ、僕は学園を先日やっと卒業しましたので」

「なるほど」

 やっと地面にへばりつくのをやめてその場に座るとミモザは頷いた。それは実によくある話だ。

 塔の攻略は13歳以上ならば可能だが、本当に13歳を迎えてすぐに攻略に向かうのはだいたいが学校にもあまり通えないような貧困層である。なぜなら塔の攻略いかんによって就職先や給料が大きく左右されるからだ。

 一応この国ではどこに住んでいても学校に通い、基礎教育を受けられるように整備が進んできているが、無料というわけではない。国から補助金が出ているため安価ではあるが、それでも少しのお金でも切り詰めたい場合や子どもに働いてもらいたい状況の場合は通えない者も多い。レオンハルトなどはこの例である。

 対してミモザやジーンなど学校に通えている者は学校卒業後、つまり15歳に塔の攻略を始めることになる。これは当然、学校を卒業していた方が卒業していない場合よりもその後の進路に幅が広がるためである。

(学園に通ってたならなおさらだろうな)

 学園といった場合に指し示すものは王都にある国立中央学園のことである。これは貴族の子息、子女が通う学校でミモザが通っていた学校など比較にもならないくらいのエリート校であり、そして国立にも関わらず非常に高い学費の必要な学校である。一応最近は特待生制度などができ、平民や貧しい人も優秀であれば通えるようになってきたらしいがまだまだ貴族のエリートが通う学校としての印象が強い。ここを卒業すれば国立中央学院という更なる叡智を学べる研究機関への道が開かれるのだ。当然、いつでも誰でも挑める塔の攻略などより学園の卒業のほうが優先されるだろう。王国騎士団団長の弟子な時点でエリートだとは思っていたが、彼はミモザの想像以上の超エリートだったようだ。

「僕も先日学校を卒業したので今日から攻略開始です」

「へぇ」

 ジーンは意外そうに相槌を打った。おおかたレオンハルトの弟子なので学校に行っていないと思われていたのだろう。

(まぁ、間違いではない)

 厳密には通っていない。不登校なので。

「そういえば……、先ほどミモザさんにそっくりの金髪美少女に出会ったのですが、お知り合いでしょうか?」

「えっ」

 のんびりと続けられた言葉にぎょっとする。ミモザにそっくりな人間などこの世に1人しかいない。

「確か名前はステラさんとおっしゃっていました」

「ど、どこで会ったんですか!?」

「え?ええと、王都の大通りで……、お買い物をされていたようで」

 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。どうやらまだ塔に来ているわけではないらしい。なるべく鉢合わせたくないのだ。

「ええと、彼女は……」

「あ、僕の姉です。双子で」

「ああ、通りで。あんまりにそっくりなのでミモザさんかと思って間違えて声をかけてしまったのです」

 続けられた言葉にミモザは「ん?」と首を傾げる。どこかで聞いたことのあるような話だ。

 王都、知り合いと間違えて声をかける、エリート。

「攻略対象……?」

「はい?」

 思わず行儀悪く指差したミモザに、ジーンは不思議そうな顔をする。その顔をまじまじと見つめるが、正直まったく思い出せない。

 清潔に切り揃えられたサラサラの黒い髪に優しげな黒い瞳。爽やかな笑顔で立つその姿は、

(まぁ、イケメンといえばイケメン)

 攻略対象であっても不思議ではない。

 ゲームの攻略対象はレオンハルトと王子の隠しキャラ2人を除くと全部で5人。全員所属する組織が違うのが特徴である。幼馴染のアベル、被害者遺族の会のマシュー、そしてあと出てきていないのは保護研究会と学園のエリート、大人枠の学院の教師である。

 特徴としてはジーンは十分に当てはまっている。ここまで共通項があれば彼が攻略対象とみて間違いないだろう。

(全く思い出せないけど!)

 まぁ、全ての記憶があるわけではないから気がつかなくてもしょうがない、と誰ともなしに心の中で言い訳していると、ジーンははぁ、と残念そうにため息をついた。

「ミモザさんって金髪美少女なのに、らしからぬ性格をしてますよね」

「最初に会った時も思ってましたがジーン様のその金髪美少女に対する歪んだ価値観は一体なんなんでしょう?」

 こてん、と首を傾げるミモザにジーンがむっ、と眉を寄せる。

「歪んでませんよ」

「歪んでますよ」

「美少女は巨乳なんて言わないし地べたに這いつくばらないんですよ、普通は」

「誰だって巨乳って言っていいし地べたに這いつくばる権利くらいありますよ?」

 そのまましばらく2人は見つめ合った。ややして「ああ」とミモザは納得したように頷く。

「もしかしてジーン様、あまり女性と接したことがないんでしょうか」

「は、はぁーっ!?」

 明らかに動揺したようにジーンは目を剥いて声を上げる。

「あ、ありますよ!先生は女性じゃないですか!」

「じゃあ同年代の女子と接した経験は?」

 彼はそっぽを向いてうつむいた。

「く、クラスメイトと」

「クラスメイトと?」

「あ、挨拶くらいしたことあるし?」

「つまりそれ以外はないんですね」

「うぐぐっ」

 うめくジーンにミモザはさらに首をひねる。

「普通貴族って婚約者とかいるものなんじゃないんですか?」

「みそっかすの三男にそんなものはそうそういませんよ」

 むすり、と彼は不機嫌そうにそう告げた。

「親には好きにしろって言われてそれだけです」

「自由でいいじゃないですか」

「よくないですよ!三男なんてね!どっかいいとこに頑張って就職するか婿入りしない限り穀潰し扱いで家族に冷たい目で見られるんですよ!長男のスペアですらないから家に居場所がないんです!!」

 なかなか複雑な立場らしい。彼はぶつぶつと「女の子が欲しいから産んだのに男の子が産まれちゃった結果の僕ですよ」とぼやいた。

「だから僕は頑張ってるんですよ。真面目に勉強して学園で優秀な成績をおさめ、先生に弟子入りして、エリート街道を走って決して無能だなんて思われないように……」

「その結果女の子との接触が無さすぎてこじらせちゃったんですか?」

「こじらせてません!」

 ジーンは拳を振り上げて力説した。

「女の子はお花と砂糖菓子となにか素敵なものでできてるんですよ!」

「女の子の構成要素は血と肉と骨ですよ」

「うそだー!!」

 しかしすぐに打ちのめされて耳を塞いで叫ぶ。本人も多少夢を見過ぎている自覚があるのだろう。しかし認め難いのか弱々しくあらがった。

「お、女の子はなんかいい匂いがして、髪の毛サラサラで、下品なことは言わないんだ」

「何もつけなきゃ普通に汗の匂いですし、髪の毛ぼざぼさの人もいるし、下ネタも言いますよ」

「イヤー!!」

 しかしすぐに返り討ちにあってうずくまる。

「うっうっ、僕の理想の女の子像が汚された」

 ミモザはその背中に優しくそっと手を添える。そうして穏やかに諭した。

「よかったですね、早くに目覚められて」

「最悪だ……」

 幽鬼のようにうめくジーンの背中をさすってあげながら、少しやりすぎたか、と反省する。

 まぁ言ったことはすべて事実である。

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