第45話 卒業
天高く掲げられたレイピアが振り下ろされる。
(まずい……っ)
ミモザはとっさに防御形態を構えた。間一髪、そのレイピアから放たれた光の帯がチロの盾へとぶつかり爆ぜる。
「ぐ……っ!」
その攻撃の重さにうめく。彼女の最強の魔法、
この魔法は主人公であるステラの必殺技であり、MPの消費量と溜め時間の長さによって威力の上がる技である。ゲーム中の戦闘場面で使うものは威力が少なかったが、ボス戦などのイベントでとどめを刺すモーションの際のアニメーションで使用される時の威力はとんでもなかった。だいたいは仲間の男性勢がステラが溜める時間を稼ぎ、技を放つ、といったパターンだ。それはそれは巨大な精霊の胴体に風穴を開けるぐらいとんでもなかった。普通にミモザが食らったら死ぬし卒業試合なんかで出していいものではない。
(う、撃ちやがった……)
ミモザが防げなかったらどうしていたのだろう。きっと今頃スプラッタな光景が校庭には広がっていたはずだ。まぁそれを言ったら卒業試合そのものが物騒極まりないが、しかし使われる技の多くは寸止めが可能であるかあたっても死なない程度のものに配慮されている。
ちらり、とミモザが審判の教師を見ると彼はちょっと顔を引き攣らせて引いていた。引くくらいならば止めて欲しい、切実に。
正直、王都の御前試合ならともかく、今回の試合では出てこないと思っていた技だ。
(これは早々に片をつけないとダメだ)
じゃないと死んでしまう、ミモザが。
「すごいわミモザ。簡単に防げてしまうのね」
周囲に花を飛ばして無邪気に笑う姉に、ミモザはぞぞっと身を震わせた。ミモザがうっかり死んでしまっても「あら死んじゃったわ、ごめんなさい」で済まされてしまいそうな恐怖を感じる。
(さすがにそんなことはない……、よね?)
チロはそんなことあるだろボケェ、とメイスの姿のまま身を震わせてミモザに訴えてきた。
ふぅ、と自分を落ち着かせるように息を吐く。そしてその深い湖面のような瞳で、ミモザは冷静にステラのことを見据えた。
ミモザに勝機があるとすれば、それは一つだけだ。
それはーー、
「筋肉こそ!最強!!」
気合いと共に一気に距離をつめる。氷の破片が襲ってくるが、それを避けることはせず、全てメイスで叩き壊した。長距離戦では勝ち目がない。勝つためにはなんとか近距離戦に持ち込まねばならない。ステラもミモザの狙いを悟ったのか氷を放ちながら距離を取ろうと動くが、遅い。ミモザはずっと鍛えてきたのだ。
筋トレを欠かさず行ってきた。走り込みだって毎日続けている。そして戦闘経験ならば圧倒的に積んでいる。その分の筋力が、速度が、判断力が、ミモザにはある。
ミモザはそのまま懐へと飛び込むと、メイスでレイピアを殴りつけた。ただでさえ重量級の武器である。遠心力で勢いがついているし、なによりも、
「筋トレの成果を見よ!」
ステラよりもミモザのほうがマッチョである。
ステラが防御形態を展開しようとするが、もう遅い。
ミモザはステラのレイピアを殴り飛ばした。
「……いっ!」
「筋肉の、勝ちだーっ!!」
レイピアが空を飛ぶ。姿勢を崩し、動揺してそれを目で追うステラの喉元にミモザはメイスを突きつけた。
「…………っ」
「しょ、勝者、ミモザ……」
審判の声は半信半疑だった。誰もがステラが勝つと思っていたのだ。まさか落ちこぼれで不登校なミモザが、優等生のステラに勝つだなんて誰が想像しただろうか。
「お姉ちゃん」
はぁはぁと息を整えながら、いまだに呆然と吹き飛ばされたレイピアを眺めるステラをミモザは呼ぶ。
彼女は信じられないという表情で、ゆっくりとミモザを見上げた。
「僕の、勝ちだよ」
じわじわと、笑みが口元に浮かぶ。口にした途端、勝ったのだと実感した。
「僕はアベルを許さない。だからお姉ちゃんはそのことに今後一切、よけいな口を挟まないで」
青空を背に、満面の笑顔を浮かべる。それは先ほどまでステラが浮かべていたひまわりのように無邪気な笑顔とは違う。
邪気を孕んだ、けれど棘を身に纏う薔薇のように、あでやかな笑みだった。
ミモザは優勝した。
全校生徒が並ぶ中を、優勝トロフィーを受け取るために悠々と歩く。
並んでいる中にはアベルはもちろん、他にもミモザをいじめてくれた奴らや無視していたクラスメイト達が整列していた。
それを横目で見つつ、ふん、と鼻を鳴らす。
壇上にたどり着くと校長が微妙な顔をして木製の小さな優勝トロフィーを持って待っていた。さもありなん。不登校児が優勝するなど前代未聞だろう。
「えー、では、優勝トロフィーを授与する。ミモザ君」
ごほん、と咳払いして校長はトロフィーを差し出した。
「優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
ミモザは綺麗に礼をして優勝トロフィーをー…、受け取らなかった。
「辞退させていただきます」
「……は?」
にっこりと、惚ける校長に微笑みかける。生徒や教員も含め、周囲が騒つくのがわかった。
「僕はこの学校に少ししか通っていません。そんな人間にこのトロフィーはふさわしくないでしょう」
ミモザの発言にますます喧騒が広がる。
「あ、あー、ミモザ君、そのようなことは……」
「ですのでこのトロフィーは、繰り上げで準優勝のアベルに譲りたいと思います」
どよめきの声が上がった。
(そりゃあそうだ)
ふふふ、とミモザはほくそ笑む。
ミモザとアベルの事件については皆知っている。その被害者が加害者にトロフィーを譲ろうというのだ。ミモザは戸惑う校長からトロフィーと、ついでに卒業証書ももぎ取ると、そのままスタスタと壇上を降りてアベルの元まで行った。
「ミモザ……」
「あげる」
なかなか受け取ろうとしないアベルに苛立ち、そのままトロフィーを無理矢理押し付ける。
ふん、と鼻を鳴らす。格下と侮っていた相手に勝ちを譲られるというのは一体どんな気分だろうか。
決勝で戦ったアベルのていたらくといったらなかった。直前の会話に動揺したのか、あるいはステラが負けたことがショックだったのか、その両方か、アベルはろくに実力も出せずに敗北した。まぁミモザは今までの恨みを込めて遠慮なくぼこぼこに殴らせてもらったのだが。
アベルはその瞳に戸惑いを浮かべたままトロフィーを持ち、「ミモザ、その……、これは……」としどろもどろに何事かを話している。
その態度をミモザは、どうやら更生は順調に進んでいるのだな、とつまらない気持ちで眺めた。レオンハルトが非常に残念そうに伝えてくれたので疑ってはいなかったが、実際に見るとなるほど、しらけるものだ。
どんなに真っ当になろうが善良になろうが、ミモザにとってクズはクズのままだ。行った行動はなくならないし今後の行動で帳消しになどなりはしない。しかしクズはクズらしくしてくれていた方が報復しやすいのは確かだった。下手に更生されてしまうと今度はこちらが加害者になりかねない。
(グレーなラインで攻めるしかないかぁ)
どうやって報復してやろうかと考えていた内容を頭の中で整理する。とりあえず物理的に殴り返すというのは済んだ。あとはもう、まともになってしまったのならばまともなりに、罪悪感を一生感じて苦しんでもらうのが1番だろう。
あれほど恐ろしかったアベルが、急に小者に見えた。なんだか馬鹿馬鹿しくなってミモザはアベルにぐいっと顔を近づける。
「み、ミモザ……っ」
「この学校の人達の評価なんて、僕は欲しくないの」
「……っ」
「偉そうにトロフィーなんて渡されたくないし、認めてもらいたくもない。加害者からは何一つ受け取りたくない。気持ちが悪いから」
アベルにだけ聞こえる声でそう囁いて、そのショックを受けて青ざめた顔に満足する。
「だから、あげる」
そう言って無言で立ちすくむアベルを放ってミモザは校門に向かって歩き出した。
呼び止める声はあったような気もしたが幸い大きな声ではなかったので気づかないふりをした。もう二度くることもないだろうな、と大した感慨もなくミモザは学校を後にした。
「ミモザ」
学校から出て家に向かっている途中、ふいに声をかけられる。一体どこからと周囲を見渡すと「こっちだ」と再び声がした。
「えっ、うわっ」
ばさり、と大きな音を立ててそれはミモザの目の前に降り立った。それはレーヴェだ。
黄金の翼獅子はその背に主人を乗せて空から舞い降りてきたのだ。
彼は当たり前のような顔で守護精霊から降りるとミモザの前へと立った。
長い藍色の髪がさらりと流れ、黄金の瞳が笑みを作る。
「レオン様、どうしてここに……」
「今日が卒業試合だと言っていただろう」
平然と、彼はそれが当たり前かのように言った。
「どうだった? ミモザ」
「…………っ」
ミモザの胸がじんわりと熱を帯びた。多忙な彼が、わざわざ会いに来たのだ。今日が卒業試合だというだけの理由で。
「勝ちました」
ミモザは笑う。少し気恥ずかしさも感じながら、それでは言葉が足りなかったかと付け足す。
「優勝しました」
「そうか」
「でもあいつらが嫌いだったので、蹴っ飛ばして来ちゃいました」
他の誰かに言えば、きっと咎められる行為だろう。大人げないだとか、試合とこれまでのことは関係ないだろうとか、きっと諭されるに違いない。
(けど、レオン様なら)
ミモザには確信があった。彼ならきっと、一緒に笑ってくれるに違いない。
果たして彼は、
「そうか」
もう一度そう頷くと、意地悪そうに口の端を上げてにやりと笑った。
「さすがは俺の弟子だ。よくやった」
「はい!」
ミモザは満面の笑みで頷く。努力が報われた? それだけじゃない。ミモザと気持ちを共有してくれる人がいる。そのことがただただ嬉しい。
(きっと大丈夫だ。これからのこともきっとなんとかできる)
だって、ミモザは卒業試合で初戦敗退どころか優勝し、ステラに負けるという運命に打ち勝ったのだ。
(レオン様がいてくだされば……)
これからのゲームで起きる出来事もきっと変えられる。そう信じることが今のミモザには可能だった。
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