第44話 負けられない戦い
「な、なんで」
ミモザは思わず後退る。
「なんでもよ!」
「ステラ、いいから……」
アベルが止めようとステラの肩に手をかける。
(そうだ!止めろ!お前の責任で止めろ!)
ミモザは心でエールを送った。しかし、
「ミモザ!」
ステラはその手を払いのけた。そのままミモザに詰め寄る。
「このままなんていけないわ。許されないまま、許さないままなんて絶対によくない」
(いや、それ決めるのお姉ちゃんじゃないし)
と、内心で思いつつ姉の迫力に負けて言い出せないミモザである。
結局ミモザが言えたのは「い、い、いやだ」という弱々しい言葉だけだった。
「ミモザ」
「いやだ」
「ねぇ、お願いよ」
「いやだぁ」
「ミモザだってお友達が減っちゃうのは嫌でしょ?」
「いやだぁ」
あ、しまった、と思った時にはもう遅かった。恐る恐る姉を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「そうよね!わかってくれるわよね!ミモザ!」
「いや、ちがっ、そうじゃなくて!」
「約束よ!わたしが勝ったら仲直り!」
そう言ってミモザの両手を取りステラはぶんぶんと振り回すと、教師から集合の合図がかかったことに気づいてそちらへと行ってしまった。
「い、いやだぁ…」
ぽつんと1人たたずんで、ミモザはぽつりとつぶやいた。
そしてちょっと泣いた。
ミモザにとって別の意味で負けられない戦いが始まった瞬間だった。
学校生活がうんぬん、これからの人生がかんぬん。
校長が何か長い話をしている。それをぼんやりと眺めていると、やっと話が終わったのか壇上から降りていった。
「生徒代表」
アナウンスに答えて「はい!」と元気よく返事をしたのは、当たり前のようにステラだった。
「宣誓!」
そのまま選手宣誓を始めるのをぼんやりと眺める。これから始めるのはそれなりに暴力的な行為のはずなのに、それは随分と牧歌的な光景であった。
定型文のそれはすぐに終わる。ステラの美しいハニーブロンドが青空によく映えた。くるりと身を翻して壇上から降りるその姿はすらりと背筋を伸ばし、自信に満ち溢れている。
ぶるり、とミモザは身震いをした。
段々と、ゲームの本編が始まったのだという事実に実感がともなってきたのだ。
ステラの姿、選手宣誓の言葉、あらゆるところに既視感が溢れている。
どきどきと心臓が脈打つ音が聞こえる。じっとりと汗が滲み出てきていた。教師の指示に従い、試合のための場所へと移動する。
田舎の村の生徒の数などたかが知れていた。そのため試合のためのコートは2つしかない。ただ校庭に長方形に縄で印がつけられただけの場所だ。
そのうちの一つへと案内されて立った。目の前に対峙するのは当然、ステラだ。
彼女の美しいサファイアの瞳が、情熱に燃えて凛とこちらを見据えていた。
「用意を」
審判役の教師に促され、お互いに守護精霊を武器の姿へと変える。
ミモザのチロはメイスへと。
そしてステラのティアラは美しいレイピアへと姿を変えた。
ぞくぞくと、身が震える。ゲームの姿通りの彼女が目の前にいる。
ステラの目に不安はない。いつだってそうだった。彼女は自信に溢れ、自身の存在価値を疑わない。
(僕なんかに負けないって思ってるんでしょ)
ステラがレイピアを正面に構える。ミモザもメイスを構えた。
(だからあんな賭けを持ち出したんでしょ?)
勝つと信じているから、軽々しく『賭け』を持ち出せる。
(そういえば……)
ミモザが勝った時の対価を決めていなかったな、と思う。ミモザもだが、それくらい自然に彼女は自分の勝ちを確信しているのだ。
「お姉ちゃん、僕が勝ったら何をしてくれるの?」
そう尋ねると、彼女は驚いた顔をした。
「あら、そういえばそうね。……うーん、じゃあ、わたしにできることならなんでも」
本当に軽々しいな、とミモザは思う。しかし別にそれでいい。今は、
(せいぜい油断すればいい)
「その言葉、忘れないでね」
「もちろんよ、ミモザ」
彼女は余裕の表情で微笑んだ。
「両者、準備はいいか?」
2人は同時に頷く。その姿は鏡写しのように瓜二つなのにその表情は正反対だ。
1人は微笑んで、
そしてもう1人は無表情だった。
「試合時間は20分。決着がつかなかった場合は仕切り直しとする。それでは、用意……、始め!」
戦いの火蓋は切られた。
その言葉と同時に、まず動いたのはステラだった。彼女がレイピアをまるでステッキのように振ると、そこから氷の破片が次々と放たれた。それをミモザは走って避ける。
(学校の履修程度でこの威力かよ!)
地面に突き刺さった破片はそのまま周囲を凍らせる。あっという間にコートの1/3は氷に包まれてしまった。あまり放っておくと足を取られる可能性が高いため、できる限りでメイスを振るい氷を破壊する。
レベルは3年間修練を積んだミモザのほうが高いはずだ。しかし現時点でMP量も魔法の威力もステラの方が上回っている。
ステラの弾幕のように放たれ続ける氷を避けながら、ミモザは棘を伸ばして反撃を仕掛けた。しかしそれはあっさりとかわされる。当たり前だ。ミモザの棘は直線でしか攻撃できないため、長距離を取られると軌道が読みやすい。その上コート上では遮蔽物も何もないのだ。複数の棘を伸ばしたところでその数はたかが知れているし、起点が同じ以上あまり数の利点はない。
そして今回は試合なので時間制限がある。消耗戦は狙えない。
本当に不公平だと思う。ステラのその才能の半分でもあれば、ミモザはきっと救われたのだろう。
だってステラはまだ、持っている属性攻撃のうち一つしか出していないのだ。
ステラの持つ属性は二つ。それは最初から目覚めている。一つは氷、そしてもう一つはーー、
「ミモザ」
その時ステラが口を開いた。その唇は褒めるように慈悲深い微笑みをたたえている。
「戦うのがとっても上手になったのね。お姉ちゃんは嬉しいわ」
「何をーー」
「だからね、ミモザ」
彼女は慈悲深い微笑みのまま、レイピアを天高くに掲げてみせた。
「わたしのとっておき、見せてあげるね」
その手が振り下ろされる。それはミモザには首を切るギロチンを想像させた。
彼女のもう一つの属性攻撃、光だ。
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