第二章

第46話 2周目……?

 周囲には濃密な黒い霧が立ち込めていた。霧のように見えるそれはある人物から放たれるオーラである。その証拠に、もっとも霧の深い場所に佇む人がいた。

 いつもはリボンでまとめられている藍色の長い髪は無造作に背中に流され、理知的だった黄金の瞳は昏く淀み、全てを諦めたようだった。白い軍服は霧に覆われて、その身を守るように黄金の翼獅子が寄り添っている。その瞳は紅く、昏い光をたたえていた。

「どうして……」

 ステラは絶望に顔を歪めた。その青い瞳からは次々に涙が溢れて落ちる。

「どうしてっ!レオンハルト様っ!!」

「どうして?それを君が聞くのか……」

 レオンハルトは何かを投げ出した。それはオルタンシア教皇だ。彼は血まみれでぐったりとしていた。ステラはその姿に悲鳴をあげて駆け寄る。なんとか蘇生を試みるがどこからどう見ても手遅れなことは明白だった。

 レオンハルトはそれを興味なさそうに見下ろしながら翼獅子に手を触れた。彼は心得たように自身を黄金の剣へと変じる。それを構えて、彼は告げた。

「君は聞いていたんじゃないのか?知っていたんじゃないのか?それとも本当に何もわからないのか……。まぁ、いい。もう、いい。何もかもがどうでもいい」

 剣を振りかぶる。アベルがとっさに飛び出して、ステラのことを抱えて逃げた。

 轟音を立てて、レオンハルトの斬撃が空間を切り裂いた。そこだけ地面がぱっくりと割れ、軌道上の建物もすべてチーズのように焼き切れた。焦げた匂いと炎がちらちらと燃える。

「全てを壊す。この世界など、もうどうでもいい」

 風に煽られて右目があらわになる。そのただれた皮膚と紅玉の瞳を見てステラとアベルは息を呑んだ。




 悲報。敬愛する師匠が魔王だった。

(いや、ちょっと待て)

 寝起きの頭でミモザは考える。おかしい。ミモザの知るストーリーではレオンハルトは主人公を庇って死ぬはずなのだ。

 だとしたら今見た夢のストーリーは、

(2周目?)

 その瞬間にフラッシュバックのように夢でみた物語が一気に脳内に再生された。

「うぐっ」

 思わず顔を歪めて痛む側頭部を手で押さえる。

(……ああ、そうか、そうだったのか)

 そして納得した。

「僕はゲームの展開から、ちっとも抜け出せていなかったのか」


 2周目の物語は1周目の最後でステラが女神様にあるお願いをすることで幕を開ける。

 念願の聖騎士になると主人公は女神様への面会を許され、そして一つだけ願い事を叶えてもらえるというイベントが発生する。

 その際に出てくる選択肢は2つ。

 一つは『愛しいあの人と一生を共に』。

 これは1周目で攻略した恋愛キャラがいた場合に、そのキャラの愛情度とイベントを見た回数が基準値に達していると、そのキャラと結婚してエンディングを迎えるという王道展開へと続く選択である。

 そして問題はもう一つの選択肢。

『愛しいあの人を助けて』。

 これを選ぶことにより、画面は唐突にブラックアウトしてゲームは終わる。そしてタイトル画面へと戻るのだが、そこからもう一度初めからを選択してゲームを始めると1周目では攻略できなかった聖騎士レオンハルトが恋愛可能キャラクターとなり、そして物語が少しだけ変化するのだ。

 そして序盤でわかる一番の違い、それが主人公の妹ミモザが何故かレオンハルトに弟子入りしているのである。

 何故そのようなことになっているのかゲームの中では詳しく説明されないが、母親に話しかけると「学校でいじめられていたミモザのことをレオンハルトくんが気にかけてくれていて……、お勉強も見てくれて助かるわ」というような説明台詞を喋ってくれる。

 つまりはそういうことである。

 これまでのミモザが経験したのと同じ手順でゲームのミモザもレオンハルトに弟子入りしたのだろう。

 つまり全くゲームの展開から抜け出せていない。

 このルートの恐ろしいところは、やはり物語中盤でミモザは死ぬことだ。

 そして終盤でオルタンシア教皇も死ぬ。その2つが原因となってレオンハルトの狂化は進行し、魔王となって主人公達の前に立ちはだかることになるのだ。

「ええー…」

 ゲームから抜け出せていなかったショックと、どうしたらよいかが思いつかない現状にミモザは頭を抱える。

 一応レオンハルトは攻略対象なので、この後主人公に倒され正気に戻るのだが、ミモザが死んでしまうのがいただけない。あとオルタンシア教皇が死んでしまうのもついでにいただけない。

(それにーー)

 もやっとした不快感が胸にこもる。この展開にまでいけばよっぽどのへまをしない限りはステラとレオンハルトは結ばれることになる。

(なんでこんなに不愉快なんだ……。まぁ、慕っている相手が気に食わない相手と結ばれると思えばこんなものか……)

 ステラとレオンハルトが寄り添っている姿など想像もつかない。想像しようとすると襲ってくる不快感に耐えきれず、ミモザはそれ以上考えることを放棄して別の方向へと思考を向ける。

(ーーようするに)

 ミモザとオルタンシアが死ぬとまずいわけである。逆に言えばその二つが起きなければレオンハルトがラスボス化することもない。

(本当に『僕』を殺したのは誰なんだ……?)

 全く思い出せない。今わかっているのはゲームの『ミモザ』は裏切られて殺されたということと、相手を『様』という敬称をつけて呼んでいたことだけだ。

(あとは状況的に、何かをお姉ちゃんに伝えようとして殺された……?)

 手がかりが少なすぎる。

 とりあえずミモザは死ぬなどごめんだ。

(犯人を……、見つけられればそれがベストだけど、難しいなら死ぬような状況を避けるだけでもいいはずだ)

 あと問題はオルタンシアだが、こちらは解決策が本格的に思いつかないのでひとまず保留とする。

「起きるかぁ……」

 昨日の勝利の高揚などはすっかり消え失せて、ミモザはぐったりとしながら布団から這い出した。

 今日はこれから王都に向かうというのになんとも目覚めの悪い朝である。

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