第36話 塔の内部にて
ミモザはあたりを見渡した。馬型の精霊達は血に興奮したのか臨戦態勢だ。
「ミモザさん!助太刀を……っ!」
ジーンがそう叫び剣で精霊を切り捨てようとするのを、阻止するようにチロの棘が刺し貫いた。
「……っ!」
棘は正確に馬の目を刺し貫いている。そのままミモザがメイスを振ると、迫ってきていた精霊達10体ほどはすべて中身を撒き散らして絶命した。
「ミモザさん……」
「余計なことはしないでください」
不満そうなジーンに、ミモザも不満げに口を尖らせる。
「貴方の仕事は連絡役です。それ以上は越権行為だってオルタンシア様もおっしゃっていたじゃないですか。もしも何かをしたいというなら彼らに必要な物資がないかの聴取をお願いします」
「このような状況で越権行為もなにも……」
「このような状況だからです」
じろり、と睨む。
「僕はレオン様に迷惑をかけるわけにはいかない。状況につけ込んで事を有利に進められては困ります。貴方は僕たちと敵対したいのですか?ジーン様」
ジーンはしばらく睨んでいたが、その不毛さに気づいたのだろう。諦めたようにため息をついた。
「貴方がそんなに職務に忠実だとは……、おみそれしましたよ」
「貴方は職務にだらしがないんですか?」
「嫌味ですよ!そんなこと誰も言ってないでしょ!!」
文句を言いながらもそれ以上争うつもりはないらしい。彼は素直を被害者遺族の会のメンバーへと近づき、何かを話しかけているようだった。
ミモザも気を取り直してメイスを握り直す。
(さて……)
ちらりと背後にかばったジェーンを見る。彼女の顔は青ざめているが毅然としていて、なにかを覚悟したかのように見えた。
「……動かないでくださいね」
「え?」
戸惑ったように顔を上げたジェーンを一瞥し、ミモザはメイスを地面に打ちつける。とたんに棘が恐ろしい速さで伸び、精霊達の目を一瞬で刺し貫いた。悲鳴のような甲高い鳴き声をあげて彼らは地に倒れ伏す。気がつけばミモザ達の周りには遺体が散乱し、生きている野良精霊は1匹もいなくなっていた。
「すげー……」
マシューが思わずと言ったように言葉をこぼす。
「さぁ、一応片付けはしましたが、またすぐに集まってきてしまうでしょう。今のうちに避難をしましょう」
そしてミモザはどさくさに紛れて当たり前のような顔で避難を促し、
「それはできないわ」
あっさりと拒絶された。
(まぁ、そりゃそうだ)
そう簡単に流されてくれるようならレオンハルト達も苦労はしていないのだ。やっぱりレオンハルトが駆けつけるまで待つしかないか、と考えていると「でも、そうね」とジェーンが再び口を開いた。
「私以外のみんなは帰ってちょうだい」
ざわり、とざわめきが起こる。それをゆっくりと見回してジェーンは告げた。
「先ほどマシューさんが言ってくれたように、成果は充分です。私たちの本気は伝わったはず。私は当然これ以上の犠牲を望みません。ですから、皆さんは一度撤退を」
「でしたらジェーンさん、貴方も」
言いかけるマシューに彼女は首を横に振った。
「今は話し合いの場を設ける好機です。だってこうして向こうから出向いてくださったんですもの」
そう言って彼女はミモザを手で示して見せた。
(僕……?)
思わず自分を指さして確認すると、いかにもと言わんばかりにジェーンは頷いた。
「あなたは私が聖騎士様にお声をかけさせていただいた際に彼と共にいらした方ですね。よろしければお名前を伺っても?」
またざわりと周囲はざわついて、ミモザに視線が集中した。それに気まずい気持ちになりつつミモザは手を胸に当てて騎士の礼をとる。
「僕はレオンハルト様の弟子の、ミモザと申します」
その言葉にざわめきが大きくなる。
(うう……)
針のむしろとはこのことだろうか。逃げ出したい気持ちをなんとか抑えてミモザは踏みとどまった。
「まあ、お弟子さんがいらっしゃったのですね」
「不肖の弟子ですが」
「聖騎士様はいらっしゃらないの?」
当然の疑問に、ミモザは嘆息した。
「今現在、王都周辺では野良精霊の大量発生が起こっております。王国、教会の両騎士団、そしてレオンハルト様はその解決のために奔走されております」
またざわめく。今度は収まるまでに時間がかかった。
「そのため、今はこちらに訪れることが難しいのです。どうか一度塔から出て、時期を調整してはいただけませんか。すべてが落ち着いた後で話し合いをしましょう」
ミモザの提案に、けれどジェーンは首を横に振る。
「ここを出てからでは話し合いの席を設けてはいただけないでしょう。よしんば話し合いを行なったとて、対等に意見を交わしていただけるとは思えませんわ」
図星を突かれてミモザはうっ、と言葉に詰まる。
おそらく話し合いの場を設けたとして、それは結論ありきのものになるだろう。被害者遺族の会の話を聞く機会は設けましたよ、と体裁を整えて終了だ。
「ですので、私がここに残ります。皆がここに残る必要はないでしょう」
口々にどうするかと話し合う声が聞こえる。皆行動を決めかねているようだ。
(とりあえず人数減らすか)
死傷者が出るのを防ぐことがミモザの第一目標だ。そのためには塔の内部にいる人間はできるだけ少ない方がいい。
「ではその左端の背の高い貴方!貴方から順番にジーンさんに着いて外に出てください!」
「余計な事するなって言ったわりには人使い荒いなぁ、まぁ避難には僕も賛成だけどさ」
ぶちぶちと文句を言いながらもジーンは動き始める。
戸惑いながらも指示に従って動き出す人々にミモザはほくそ笑んだ。
(これぞ必殺…)
『名指しされると従ってしまう奴』である。
よく緊急の現場では単純に「救急車に電話してください」というよりも「そこの赤い服の方、救急車に電話してください」と具体的に指名した方が人は動くという通説がある。それをしてみただけである。
しかし効果はあったようだ。ミモザは満足そうに頷いた。
「いかん!いかんいかんいかんいかん!!」
その時甲高い喚き声が響いた。見ると1人の老人が地団駄を踏みながら喚いている。
「お前ら!お前らの家族に対する思いはその程度か!これ以上犠牲を出したくないという気持ちは!所詮その程度だったんだな!えぇ?」
「ロランさん」
冷静な声が彼を呼ぶ。ジェーンだ。
「私たちの思いは本物です。その程度などではありません。教会側は使者を出してくださった。その成果が得られたのでもう全員がこの場に残る意味がないという判断をしたまでです。それに私はこの場に残るのです。それで充分でしょう?」
見透かすようなその言葉に、ロランはしばし押し黙るとにやりと笑った。
「ではわしも残るとしよう。お主だけに任せるわけにはいかん」
「俺も残ります!」
手を挙げたのはマシューだ。その新緑の髪と緑の瞳に見覚えがある気がしてミモザは首を傾げる。
(……あ?)
緑、そばかす、童顔、そして被害者遺族の会
(思い出した)
彼は攻略対象だ。確か姉とはどこかの塔で出会うはずだ。ゲームはシステム上親密度の高い攻略対象複数人とパーティを組むことになるのだが、彼は回復役担当で恋愛対象としてはともかく、パーティメンバーとしては人気が高かった。
確かステラが「出世した暁には教会側と被害者遺族の会との間をつなぐのに尽力する」と約束するシーンがあったように思う。
「……では、私たち3人で残りましょうか」
ジェーンがそう取り仕切って、結局この場にはその3人が残ることとなった。
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