第35話 彼らの事情

 第4の塔の中身は見渡す限りの草原だった。ところどころに沼地があるものの遮蔽物が何もないだだっ広い空間の真ん中で、彼らは身を寄せ合って座っていた。それぞれめいめいに『試練の塔閉鎖!』や『これ以上の犠牲者を増やすな!』と書かれた看板やのぼりを手に掲げている。

(どうしたものか)

 その集団の中にあって、マシューは頭を悩ませていた。このような事態はまるっきり彼の想定にはなかったからだ。

 彼の若草色の髪が風に流れる。深い森のような緑の瞳は冷静に周囲を見回した。そばかすと丸顔のせいで若く見られるがマシューは15歳の成人済みの青年である。この中では若造の部類に入るが事情もよくわからず連れてこられた子ども達よりは大人だ。こうなってしまった以上、マシューには子ども達を守る責任がある。

「塔の開放はんたーい!安全のために閉鎖しろー!」

 その時1人の老人が声を張り上げた。何が楽しいのかその顔には満面の笑みを浮かべている。

 思わず舌打ちをする。

(あいつさえいなければ……)

 あの男、ロランが今回の立てこもりの首謀者だ。マシューは反対したが、先日の失策のせいで聞き入れられなかった。だとしてもこのような強行策をみんなが支持するとは、マシューが思っているよりも改革がうまくいかないフラストレーションが溜まっていたらしい。

 マシューの推測ではあの老人はおそらく保護研究会の過激派だ。そうでなければ今回の行動を推し進める説明がつかない。この立てこもり行為はあまりにも割が合わなさすぎる。利益を出すためには、そう、例えばここで人が死ねば人々の非難は教会に向くかも知れなかった。彼はマシュー達被害者遺族の会を捨て駒にするつもりなのだ。

(くそっ、どうしたら)

 しかし今それを仲間に伝えたところで通じないだろう。そもそもこの作戦の無益さはとうに訴えた後である。マシューには先導者やリーダーとしての才がない。あくまで裏方で策を練るのみで人の上に立つことが難しいのだ。

(だからこそ、彼女に)

 ちらり、と人の輪の中心部を見る。そこにはジェーンが背筋を伸ばして座っていた。

(彼女には人を惹きつける力がある)

 マシューにはないものだ。マシューはジェーンにリーダーになって欲しかった。

 マシューは自身の守護精霊である白い毛をした子猿、キースを見た。

(いざとなったら俺が盾になる。みんなを生きて返す)

できることならそんな事態は考えたくもなかった。

 

 一体何時間が経っただろう。あらかじめ用意していた水筒の水は尽きてしまった。それまでは何もいなかった草原にはちらほらと馬型の野良精霊の姿が見え始めていた。彼らはまだこちらの様子を伺っているが、襲って来るのは時間の問題だろう。最初は威勢の良かった仲間達も、その数が20を超えたあたりで恐怖のほうが勝ってきてしまっている。

「お、お兄ちゃんっ」

「大丈夫。大丈夫だからな。俺のそばを離れるなよ」

 子ども達がしがみついてくるのを抱き返す。

「なーにをびびっとる!これはぁ!我々の家族のため!これ以上の犠牲者を出さないための勇気ある行動である!!」

 元気なのはロランだけだ。

「おい、大声を出すなっ、下手に刺激をしたら……」

 襲って来るぞ、と言い切る前に、馬のいななく声がした。

「き、キース!」

 マシューの声に反応してキースは防御形態の盾となりその突進を防ぐ。しかし相手は一頭だけではないのだ。次々と襲いくる野良精霊に、キースは防戦一方だ。

「み、みんな!早く!今のうちに避難を!!もういいだろう!」

「で、でも……」

 迷うように、けれど挑むこともできずに立ちすくむ仲間に、マシューは怒鳴る。

「もう充分に抗議の姿勢は見せた!これで俺たちが本気だと教会にも国にも伝わっただろう!成果はあげた!撤退だ!」

 その必死の叫びにはっとした顔になり移動を始めたところで、

「ならぬ!!」

 ロランが立ち塞がった。白髪を振り乱し、手には槍を持っている。

「我らが同胞よ!まさか臆病風に吹かれて逃げる気ではあるまいな!そんなことでどうする!家族は!大切な家族を二度も見捨てる気か!!」

 その一喝に立ちすくむ。ロランはここから先は一歩も通さんという態度で仁王立ちをしていた。

「……っ!逃げろ!」

 その時キースの盾をすり抜けた1匹がジェーンの下へと向かった。彼女は驚いたように身を引き、しかしそれ以上は動けずに、

「ジェーンさん!」

「これは大いなる一歩である!!」

 マシューの叫びとロランの高笑が重なった。

 ーーと、がこん、と妙な鈍い音がした。

 呆然と見つめるマシューの目の前で、その馬の首は跳ね飛ばされた。

 血飛沫が舞う。そんな悪夢のような光景の中で、場違いに美しい少女が立っていた。

「どうやら間に合ったみたいですね」

 涼やかな声がする。金色の髪が風になびき、その深海のような瞳がマシューのことを見た。

「すみません、遅くなりました」

 まるで待ち合わせに遅れた報告のように、呼ばれていないはずの彼女はそう言った。

 そこで初めてマシューは彼女の持つ巨大なメイスが馬の首をへし折ったのだと理解した。

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