第37話 ジェーンの気持ち

 頭上には晴天が広がっていた。

(塔の中なのに青空……)

 不思議だなーとミモザはぼんやり見上げる。

「ーーですから!こんな危険なことはやめて、いったん外に!」

 チロもメイスの姿のまま「チチッ」と鳴く。彼女は綺麗な空だ、とつぶやいたようだ。

「塔の処遇については責任者でないとお話しできませんから、これ以上ここで粘っても……」

 その時、馬の野良精霊が再び突進してきた。それをバッターボックスにいるバッターよろしくミモザは迎え撃つ。

 ぐちゃ、と嫌な音がして馬の頭が飛んだ。

 ふぅ、と息をつく。もう野良精霊達をどのくらい倒したかわからない。100匹近くいっている気がする。1人20匹までという制限も、いつもの『仕事』同様、今回も人員救助のために見逃してくれるというお墨付きをもらっていた。

「あー、返り血がすごい」

「ていうかミモザさんも少しは説得に協力してもらえませんかね!?」

 黙々と野良精霊を狩り続けるミモザに、辛抱たまらんといった様子でジーンが怒鳴った。それに答えたのはミモザではなくジェーンだ。

「申し訳ありませんが、どなたに何を言われても私の意思は変わりません」

「ですって」

「ですって、じゃありませんよ!!」

 うーん、とミモザはうなる。

(だって無理だし……)

 狭い村の人間とすらあまりうまくコミュニケーションを取れていなかったミモザである。そしてクラスメイトにはいじめられていて友達が1人もいないミモザである。

 それが自らを人質にして立てこもる人を説得。

(ハードルが高すぎる)

 きっとレオンハルトならうまいこと口八丁で丸め込むのだろう。姉なら優しく諭すかもしれない。

 しかしミモザはーー、

「ジーンさん、だったかしら。わずらわせてしまってごめんなさいね。でも私達も必死なのよ」

 ジェーンは困ったように首を振った。

「私の娘は勇敢な子だったわ。そしてちょっと目立ちたがり屋だった。あの子の性格を考えると精霊騎士を目指すのは必然だったかも知れない。でもあの子が亡くなってしまって、思ったのよ。もしも塔を攻略するなんて選択肢がそもそも存在しなければ、そうしたらあの子は今でも元気だったかも知れない。そう思ってしまうのはそんなにおかしいことかしら?」

「……お気持ちはわかります、ですが、」

「まだ、精霊騎士として任務についていたとか、そういう理由ならばわかるの。けどそうじゃないのよ。塔に挑んで亡くなるなんて、なんて無益な死に方なのかしら。誰かを助けたわけでもない、それをすることによって世の中が良くなるわけでもない。挑む必要性なんて何もないじゃない。だったら、精霊騎士になるための道標として塔の攻略をする必然性なんてないじゃない?」

「塔に挑むことで得られる女神様の祝福があります。その恩恵により僕たちは今よりも強くなれる。貴方たちの要望では、塔を完全に封鎖し今後誰も入れないようにするというものだ。例えどれだけ本人がそれを望んだとしても」

「そうよ、そうでなければ意味がない。だって娘は自ら望んで入ったのだもの。選択肢として完全に消失させなければ意味がないの」

「それでは……っ!」

 ジーンは苦しげに訴える。

「それでは僕は永遠に先生に追いつけなくなってしまう!!」

 もっともの訴えだとミモザも思う。先人達は女神の祝福を受けているのに、これからの若者はそれを受けられなくなる。それは世代間に大きな実力差という溝を作るだろう。

「それでも」

 しかしジェーンは静かに告げた。

「私は騎士になる以前に摘まれてしまう芽のほうが罪深いと思うわ」

「………っ!それは!」

「貴方にも、貴方を心配してくれる人はいるでしょう?それこそ貴方の先生は?ご両親は?貴方が塔に挑んで亡くなったら悲しむのではないかしら」

「そんなっ、そんなのは…っ!くそっ!」

 ジーンは悔しげに俯く。 

(なるほど、確かに『厄介』だ)

 その言葉を明確に否定できる人間は少ないだろう。

 その時、彼女はミモザの方を見た。お互いの目があったことにミモザは少し驚く。彼女は少し笑った。

「さっきから、貴方は何も言わない。……だんまりを決め込むのは楽でいいわね」

 その言葉にミモザは考え込む。

(楽。楽かぁ……)

 確かにおっしゃる通りだ。ミモザは楽だからずっと黙っていたのだ。だってミモザの仕事は死傷者を出さないことで彼女達の説得ではない。

(余計なことを言ってレオン様の邪魔になってもいけないし)

 沈黙は金だ。黙っている限り失うものはない。けれど、

「言えません、何も」

 そこでやっと、ミモザは口を開いた。

(けれど、不誠実ではあるのだろう)

 ジェーンの瞳を見つめる。彼女は静かにミモザの言葉を待っている。

「子供を産んだことのない僕には、娘を亡くした貴方の気持ちなどわかりません」

「……っ、貴方には想像力がないの?」

 彼女はわずかに苛立ったようだった。その言葉はミモザにとって意外なものだ。

「想像でいいのですか?」

 思わず素直な疑問が口からこぼれ落ちた。

「よく知りもしない子どもに、想像でわかったような気になられて良いのですか?」

「……っ!」

「それならできますが、きっとそれは貴方の被った痛みとは程遠い。その程度の単純な想像で補えるような悲しみではないのでしょう」

 ジェーンは戸惑ったように黙り込んだ後、何かを諦めたようにため息をついた。

「あなた、馬鹿正直って言われない?」

「正直者ではありません。でもきっと、頭は悪い方です」

「そういう意味じゃないわ。ごめんなさいね、責めるようなことを言って」

 目を伏せる彼女に、ミモザは何かを言わなければならないような気がして口を開く。

「母親の気持ちはわかりませんが、僕はある人の娘なので、娘さんの気持ちは少しわかると思います。まぁ、それも僕の勝手な想像なんでしょうが」

 ジェーンは苦笑した。

「どんな気持ちかしら」

「僕の母親がこんな危険な場所にいたら、きっと僕は恐ろしくてたまらない。すぐに安全な場所に避難して欲しいと思います」

「……そう」

 何かを噛みしめるように彼女は俯いた。その表情はミモザからは見えない。

「貴方のお母様は果報者ね」

「いいえ。心労ばかりかけて申し訳ない限りです。あの母親のもとに産まれることができて、僕の方が果報者です」

 そう、そうなのね、とジェーンは噛みしめるように呟いた。それをしばし眺めた後、うーん、とミモザは首をひねる。

「それで、ええと、貴方は僕の意見が聞きたいのでしたね」

 それに驚いたように彼女は顔を上げた。そして困ったように笑う。

「いいのよ、もう。意地悪を言って悪かったわ」

「いいえ、この際だから言いましょうか」

 ミモザはゆっくりと首を横に振った。そして丁寧に彼女と視線を合わせ、告げた。

「僕は貴方達を卑怯者だと思っている」

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