第32話 お買い物

「君の服を買いに行くぞ」

 仕事から帰ってすぐにレオンハルトはそう告げた。

 喧騒の中、2人は街を歩いていた。レオンハルトは行き先がもう決まっているのかすたすたと迷いなく歩く。

(服かー)

 先日だめにしてしまったが、着替えくらいは当然持っている。別にそんなに焦らなくても、と呑気に構えるミモザに「ここだ」とレオンハルトは足を止めた。

「……え?」

 明らかにミモザのような人物は門前払いされそうな高級そうな店がそこにはそびえ立っていた。


「いらっしゃいませ、ガードナー様」

「服を用途に合わせて一式揃えてもらいたい」

「かしこまりました。こちらのお部屋へどうぞ」

 なんと個室である。通された部屋は普通に広く、そこに次々と服が運び込まれて来る。部屋にはソファとテーブルがあり紅茶を出されたが、ミモザはそこに座ることもできず立ったままぽかんとその光景を眺めていた。

「ミモザ、座れ」

「れ、れれれレオン様、これは……」

「服を見に行くと言っただろう」

 その不思議そうな表情を見ているとなんだかおかしいのは驚くミモザのような気がしてきてしまう。

(いや、そんなわけない)

 ぶんぶんと気を取り直すようにミモザは首を振る。

「レオン様、僕お金ないです」

 昨日もらった3万ガルドはあるが、それ以外はほとんど母親に送ってしまっている。

「俺が出すから問題ない」

「も、問題です。出していただく理由が……っ」

 言いかけるミモザをレオンハルトは手で制した。

「これは必要経費だ」

「必要経費」

「ああ」

 彼は頷くとソファへと深く腰掛け優雅に紅茶を口に運んだ。

「昨日のように服がダメになることなどこれからざらにある。騎士団では制服は当然支給される。うちの屋敷の使用人の制服も同様だ。それと同じで君を管理する立場にある俺が服を支給するのは当然のことだ」

「な、なるほど」

 確かに仕事を任されるたびに服をダメにしていてはミモザはそのうち破産してしまう。しかし、

「高そうなお店ですよ」

 部屋に並べられた調度品を見て恐ろしくなる。どうせ汚れるなら汚しても罪悪感を抱かない価格帯の品にして欲しいものだ。

「安物だといざという時に足を引っ張られるからな」

「足を引っ張られる?」

「環境に適応できないとそれだけで体力を消費する。例えばいつも俺が着ている教会騎士団の制服はチソウ鳥の羽でおられた布でできている」

「はぁ」

 よくわかっていないミモザにレオンハルトはちらりと目線だけを流す。

「丈夫で軽い。羽に空気を含んでいるから寒い地域では暖かいし、暑い地域では通気性がいいので蒸れない。そして高級品だ」

「なるほどー」

 つまり戦うのに快適な服装を用意したいということのようだ。

「ここはチソウ鳥でできた服を取り扱っている。安い店ではまず見ないからな」

「ええと、ありがとうございます」 

 そわそわと相変わらず店の高級感に落ち着かない気持ちになりつつ、とりあえず事情に納得がいったのでミモザもレオンハルトの隣へと腰を落ち着ける。

「それにしてもチソウ鳥?って初めて聞きました。そんな鳥どこに住んでるんですかね」

「過酷な環境にいることが多い鳥だからな。外敵の少ない環境に適応するために優秀な羽毛に進化したんだろう」

 なるほどー、と頷いて紅茶を一口飲む。高級そうな味がする。

「ちなみに名前の由来は過酷な環境に踏み入って餓死しかけた人間がその鳥を見つけて『ごちそうだ!』と叫んだというエピソードだ。焼いて食うと美味い」

「か、可哀想」

 まさかの由来だった。

「羽はむしられるわ食べられるわで散々ですね」

「まぁな」

「ガードナー様、準備が整いました」

 くだらない話を特に笑いもせず続ける師弟に、店の人間が営業スマイルで声をかけた。


「どれがいい?」と尋ねられた。店員もにこにこと笑って「お嬢様は大変お綺麗ですのできっとどれもお似合いですよ」とお世辞を言ってくる。

「えーと、どれがいいですかね」

 人間選択肢が多過ぎると決められなくなるものらしい。というか田舎のおばあちゃんがやっているような服屋にしか行ったことのないミモザにはあまりにもハードルが高すぎた。

「好みはないのか」

「好み……」

 随分と久しぶりな気がする質問にミモザは戸惑う。

(可愛いのがいいと言ったら呆れられるだろうか)

 もごもごとしているミモザに「こちらなどはどうでしょう?」と店員のお姉さんが助け舟を出してくれた。勧められたのはシックだが所々にワンポイントでレースや花の飾りのついた可愛らしい白いワンピースだ。

 これまでそういった女の子らしい服に飢えていたミモザの目はそのワンピースに釘付けになる。

「ええと」

 それが欲しい、と口にする前に

「いや、それはダメだな」

 とレオンハルトが却下した。ガンッとミモザは頭に重しが乗ったような感覚に陥る。

「だ、だめですか」

 思わず声が震える。そんなミモザの様子にレオンハルトは怪訝そうな顔をしつつ「ああ、ダメだ」と断定した。

「スカートだと戦う時に動きずらい。ズボンに合わせられるものがいい」

 ミモザの目が点になる。

(そりゃそうだ)

 そりゃあ、そうだ。戦うのに都合が良い服を探しに来たのだ。

「えっと」

「そうだな、装飾がどこかに引っかかると困るから装飾のなるべくないものでシルエットの隠れる物にしてくれ」

「シルエットですか?」

 首を傾げるミモザにレオンハルトは頷く。

「内側に防具を付けているだろう。それがわからないような物の方がいい」

「確かに」

 ミモザも頷く。レオンハルトも同様だが、服の内側にミモザは薄い鎖かたびらのような防具を付けている。一応肩や胸あたりにもプレートのような物を仕込んでいる。それが隠れる服の方が見た目的にいいだろう。

「それに君のその鍛えた体格も隠した方が都合がいいしな」

「え?」

「君の容姿は相手の油断を誘える」

 にやり、と悪どい微笑みを浮かべる。しばし惚けた後、その意味を理解してミモザも同調するようににんまりと笑った。

「できるだけ油断を誘えるような子どもっぽい服装にしましょうか」

「そうだな、まぁ年齢相応に可愛らしい服がいい。なるべく争いごととは無縁そうな印象を与えたい」

 2人してふふふ、と笑い合う。

「相手を油断させて不意打ちできるような?」

「相手が君をあなどって手を抜くような」

 勝負が始まる前から自分に有利な状況を整えるのは大事なことだよ、とレオンハルトは囁いた。


 結局服はチソウ鳥の羽毛で編まれた少し丈が長くゆったりとした白いパーカーに黒のショートパンツを合わせたスタイルになった。黒いタイツも今まで同様に履くが、所々に針金のように細い金属を織り込んだ物になっていて強度が増している。

 ミモザは新しい服を着てくるりと一回転する。トップスはシンプルなデザインだが裾と袖口に黒い糸で花の刺繍が施されており可愛らしい印象を与えるものだった。ズボンなのは相変わらずだが、いままでのただただシンプルで男の子っぽいだけだった服装とは雲泥の差である。

「よく似合っている」

 レオンハルトは頷く。それに「えへへ」と笑ってから照れを誤魔化すようにミモザは「そういえば」と呟いた。

「なんだ?」

「えっと、変な質問なんですが、このパーカーとかっていつからあるんですかね」

 そう、実はこの世界、服だけでなくちょくちょく現代にあるような代物を見かけるのである。

 レオンハルトは「なぜそんなことを気にするのか」という顔をしつつ「さあ」と首を捻った。

「パーカーでしたら確か今から150年ほど前にできたと言われていたはずですよ」

 その時控えていた店員さんが答えをくれた。

「150年前?」

「ええ、当時有名な発明家であられたハナコ様が作り出した物です」

(花子……)

 これはおそらく

(異世界チートだ)

「これもそうなのか」

「はい。ハナコ様は機械から食品に至るまでありとあらゆる物を発明致しておりましたから」

「あのー、花子様って……」

 共通認識のように会話が進むのに、恐る恐るミモザは尋ねる。それにレオンハルトは意外そうな顔をした。

「知らないのか?」

「えっと、すみません」

「歴史的な偉人だ。彼女により100年近く文明は進んだと言われている」

(でしょうねー)

 どうりで生活しやすいはずである。

「フルネームはハナコ・タナカと言う」

「う、嘘っぽい」

 『田中花子』はさすがにパーカーの売られている時代には少ない名前だろう。いや、それとも本当に本名だろうか。

「うん?」

「あ、えっと、なんでもないです」

「興味があるなら国立博物館に展示品があったと思うが……」

「あ、大丈夫です。全然、全然」

「そうか?」と怪訝そうにしつつレオンハルトは紙袋を渡してきた。思わず受け取ってからミモザは首を傾げる。

「これは?」

「うん?気に入ったんだろう?」

 それだけを言うとレオンハルトはさっさと店外へと向かってしまった。どうやらもう会計は済んでいるらしい。紙袋の中身を見ると、それは最初に店員に勧められた白いワンピースだった。

「レオン様!」

 慌ててミモザは追いかける。

「これっ!」

「仕事以外の時に着ればいい」

「えっと」

 言葉に詰まる。結局なんと言ったらいいかが分からず、紙袋を抱きしめるとミモザはなんとか「ありがとうございます」と声を捻り出した。

「ええと、その……」

 けれど他にも何か言うべきことがある気がして、店を出たところで立ち止まる。レオンハルトは怪訝そうに振り返った。

「ミモザ?」

「あ、あのっ!」

「聖騎士様でいらっしゃいますか?」

 しかしそれは言葉にならずに終わった。突然現れた声に遮られたからだ。

 振り返るとそこには上品そうな身なりをした少し年嵩の女性が立っていた。彼女はブラウンの髪をしっかりとお団子に結い上げて黒い服に身を包んでいる。

 まるで喪服のようだ。

「いかにもそうだが、貴方は?」

「私はジェーンと申します」

 その名前を知っている気がしてミモザは首を傾げる。しばし考えて、それをどこで『見たのか』を思い出して唖然とした。

「少しお時間をよろしいでしょうか」

 彼女は試練の塔被害者遺族の会の話の時に見た、試練の塔を封鎖して欲しいというコラムを書いた張本人であった。

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