第16話 再燃
それは修行後のお茶の時間が常習化し、ミモザがレオンハルトのことを愛称で呼ぶことが許されるようになった頃に起こった。
「あ、」
「どうした?」
問いかけるレオンハルトにミモザは困った顔をする。
「ランチボックスを忘れてきました」
時刻はちょうどお昼時である。昼食の時間をまたぐことがあらかじめわかっていたため用意していたのに、その肝心のランチボックスを丸ごと家に置いてきてしまったのだ。
「仕方がないな。今日は適当にどこかで買うか、外食でもするか」
頭を掻きながらレオンハルトは提案する。以前の彼ならここは「なら帰るか」となりそうな流れだが、習慣を変えたくない性質なのか、それともミモザとのお茶会もとい食事会にそれなりに意味を見出しているのか判断に悩むところだ。
「いいですよ、すぐに取ってきます。せっかく作ったのにもったいないですし、それに……」
「それに?」
ミモザは気まずそうに目をそらした。
「この村、田舎なので外食する店ないです」
悲しい事実だった。しかしレオンハルトは気に留めた風もなく「王都に行けばいいだろう」などと軽く言う。
「いや、遠いじゃないですか」
「レーヴェに乗っていけば1時間てところだな」
「え?」
思わず驚いてレーヴェを見る。彼は自慢げに胸をそらし、翼を広げてみせた。
「近くないですか?確か半日ほどかかると思っていたのですが」
「それは街道を通った場合だな」
「……そんなに差がでるんですか?」
「まずこの村から主要な街道に出るまでに10時間ほどかかる」
「………」
「そこから街道を4時間と言ったところか」
「なんでそんなに街道まで遠いんですか」
「この村に何も特産品も需要もないからだな」
そのレオンハルトの返答にミモザはうっ、と言葉に詰まる。
「世知辛い話ですね」
結局それしか言葉を絞り出せなかった。
「まぁ、街道一本通すのに莫大な資金と人手がいるからな。必要のない村を通すより王都に有益な場所を経由するように道を作るのは当然だろう」
「世知辛い話ですねぇ」
そして無情だ。
どこの世界でも需要の少ない田舎は冷遇されがちらしい。
「まぁ、でも取ってきますよ。僕の家まで1時間かからないので」
立ち上がりかけたレオンハルトを制してミモザは「すぐ戻るので待っていてください」とお願いした。
母や姉とレオンハルトが鉢合わせると厄介だからである。
*
「はぁっはぁっはぁっ」
ミモザは息を切らして走っていた。手には先ほど家から持ってきたランチボックスを抱えている。そのせいでいつもよりも走る速度は落ちていた。
「おい、待てよ!ミモザ!!」
背後から石が飛んできてミモザの頭に当たる。大した大きさではないが、勢いがあり普通に痛い。
バタバタと4人分の足音がずっと背後をついてきている。
「てめぇ!ふざけんなよ!逃げるな!!」
いきりたって怒鳴っているのは当然、アベルであった。
家にランチボックスを取りに行くところまでは良かった。母はまだ帰っていないのかミモザが用意した母親の分のサンドイッチはまだ冷蔵庫の中に残されていた。ミモザはその隣に置かれたランチボックスを持って外へと出た。
そして出会ってしまったのである。
下校途中のアベルとその取り巻き3人に。
(迂闊だった)
ミモザは不登校になってから徹底的に姉やアベル達と生活サイクルを変えて生活している。
学校の授業が始まる時間に起き出し、授業中に外出を済まし、下校以降は家の外には出ない。
すべてはこの狭い村でアベル達にうっかり鉢合わせないためである。
しかし失念していたのだ。
もうすぐ秋休みだったということを。
秋は実りの季節である。そしてこのような田舎の村では子どもも立派な戦力だ。そのため小麦や稲を植える時期と収穫の時期は学校は長期休みに入る。手伝いをするためだ。そして秋休みに入る前日は午前授業となる。
今日がその午前授業の日だった。
そしてミモザは追いかけられる羽目になったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます