第15話 気まずいお茶会

 ミモザは自分の身長よりも遥かに大きな岩の前に立っていた。

「行きます」

 宣言とともにメイスを振り上げ、岩に軽くこつん、とつける。

 するとメイスが触れたところから振動が波紋のように広がり、その衝撃波により岩は粉々に粉砕した。

「まぁまぁだな」

 その様子を背後で腕組みをして見ていたレオンハルトは、しかし言葉とは裏腹に満足そうに頷いた。

 

 さて、レオンハルトと出会ってから半年が過ぎていた。スパルタもとい地獄の修行の成果により、ミモザのメモ帳のチェックリストは着々と埋まってきている。

 忙しいレオンハルトだったが、最初の3ヶ月はさすがに開け過ぎたと思ったのか定かではないが、それからは1~2週間に一度、長くとも1ヶ月に一度にその指導の頻度は落ち着いていた。とはいえ忙しい聖騎士様である。指導の時間をしっかりと取れる時もあれば10分やそこらでいなくなることもざらであった。

「あのー」

 本日の修行が終わり、「では、今言ったことを次までにやっておくように」と告げて立ち去ろうとするレオンハルトをミモザは慌てて呼び止める。

「すみません、これを」

 差し出したのは水筒だ。

「これまで王都から時間をかけてきていただいてしまって……。お疲れでしょうに何も用意せず、すみません、気が利かなくて」

 よければお持ちくださいと決死の思いで差し出す。何をその程度のことでと言うなかれ。これまでの人生まともに人と関わってこなかったミモザにとっては一大事である。

 今の今まで自分のことに精一杯で、師匠に対する配慮が欠けていたと気づいた時には愕然としたものだ。

「……そのような気遣いは無用だ」

「いいえ、ただでさえこんなによくしていただいて謝礼もお支払いしていませんのに」

 どうか、このくらいは。

 冷や汗をかきながら悲壮なくらい真剣な表情で訴えてくるミモザの様子に、レオンハルトはふっ、と笑った。

「そうか、では好意に甘えよう」

 受け取ってその場で飲もうとするのに慌ててミモザはおつぎします、と押し留めた。

「ミルクティーか」

「申し訳ありません、その、何がお好きかわからなくて……。僕の好きな飲み物をいれてしまって」

 今になって後悔する。運動後に飲むようなものではなかった。

「いや、構わないよ」

 そういうと一気にあおるレオンハルト。

「あの、もしもご希望のものがありましたら次回から用意しておきます」

「そんなに気を使わなくても大丈夫だ」

 彼は安心させるように笑ってみせる。実に爽やかな笑顔である。しかしミモザにはその笑顔は安心材料にはならなかった。

「いえ、でも僕は弟子ですから。お世話になっている師匠に気を使わなければ、他にいつ気を使うのでしょう」

「……次からもミルクティーで構わないよ。君も飲みなさい。俺のほうこそ水分補給に気を使うべきだったな」

「……いえ」

 レオンハルトから差し出されたコップを受け取り自身もミルクティーを飲む。

 気づけば自然と2人並んでその場に座り、交互にミルクティーを飲む流れへとなっていた。

(き、気まずい……)

 これまで修行のために何度も顔を合わせているが、レオンハルトは手合わせをした後はあっさりと帰ってしまうためこのように何もしないで2人でいるというのは初めてである。

 冷や汗をかきながらなるべくこの時間を減らそうと早く飲み干すことを意識する。

「君は王都へ来たことはあるか?」

 しばらく黙ってそうしていたが、少ししてレオンハルトがそう声をかけてきた。

「……いいえ」

「そうか、では今度案内でもしてやろう。色々と遊ぶところもあるし、女の子が好きそうな店もある。どんなところが見てみたい?」

 その甘い誘いをするような声音にミモザは戸惑う。

「……あの、レオンハルト様?」

「うん?」

「そのようなお気遣いは結構ですよ?」

 レオンハルトは悠然とこちらを見返すと言葉を促すように首を傾げてみせた。

 その仕草は絶対の優位を確信している満腹な獅子が小動物をどう遊んでやろうかと睥睨する様にも似ている。

 それにつばを一つ飲み込むと、勇気を出して恐る恐るミモザは告げた。

「僕はあなたのファンではなく弟子なので、ファンサは不要です」

「ファンサ」

「ファンサービスの略です」

「いや、それはわかるが」

 ふむ、とレオンハルト。

「そのように見えたか」

「はい、あの、無理に雑談も振っていただかなくとも大丈夫です。そのぅ……、これまでの様子から無口な方なのだと思って」

 言っていて間違っているのではないかと不安になる。

「あの、すみません。僕の勘違いでしたら申し訳ありません」

「……いや、君は間違っていない」

 ミルクティーを一息に飲み干して、遠くを見つめながらレオンハルトはそう告げた。

「君が察した通り、俺はあまり会話が得意なほうではない。普段はもう少し気をつけているのだが、いけないな、仕事や手合わせを通しての付き合いになるとつい失念してしまう」

「レオンハルト様は戦うのがお好きなのですね」

「うん?」

 また間違ったかとひやりとする。

「……えっと、仕事や手合わせの時に失念してしまうということなので、戦うのがお好きだから、ついそちらに夢中になってしまって会話でのやり取りを失念してしまうという意味なのかと」

 きょをつかれたような顔でこちらを見ていたレオンハルトは、しかしその言葉になにかを咀嚼するように空を見つめるとああ、と嘆息ともつかないような吐息を吐いた。

「そうだな、戦いは好きだ。それ一本で成り上がってきた。それしか取り柄のない男だからな、俺は」

「一つでも取り柄があるのはいいことです。僕には一つもないから、憧れます」

「……君は、俺の狂化の理由を尋ねないな」

「レオンハルト様も僕の狂化の理由をお尋ねになりません。気にならないといえば嘘になりますがそのようなお気遣いをしてくださる方に僕も不躾な真似はできません」

「いや、俺は単に興味がないだけだ」

 レオンハルトからコップが渡される。それを受け取ってミモザは水筒の中をちらりと確認する。残りはあと1/3ほどだ。

「俺は人への関心が薄いんだ。普段はこれでもうまく取り繕っているんだがな」

「そのような気遣いは僕には不要ですよ。弟子ですから。気遣うのは僕のほうです」

 じっと無言で見返してくるレオンハルトに、まだ言葉が足りなかったかと焦りえーと、とミモザは言葉を探す。

「そう、その、最初に言ったみたいに僕は貴方が好きなので!貴方が楽にしていてくれると僕も嬉しいです」

「……君は、変わっているな」

「いえ、普通です。普通誰でも好意を持っている相手にはくつろいでいて欲しいものですよ」

「……そうか」

 レオンハルトは何かを噛み締めるようにふっと笑った。

 そのまま2人は無言でミルクティーを飲み干した。

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