第4話 不登校児の生活
晴れて不登校児となったミモザの朝はーー遅い。
太陽がほぼ頂点付近へと昇った昼頃にごそごそと起き出し、まずは姉がもう学校に行って家にいないことを確認することから一日が始まる。
不登校生活の恩恵はいじめがなくなったことだけではなく、生活サイクルがずれたことにより姉と顔を合わす機会が減ったということももたらしてくれていた。
母も仕事に出かけており不在のため、一人でのんびりと遅い朝食をとる。母も忙しいためご飯の準備はしなくてもいいと伝えてあり、毎朝パンを軽くトースターで焼いて食べていた。
鼻歌を歌いながらパンをできる限り薄く切り、トースターにセットする。
「……?」
スイッチを押しても動かないことに首を傾げトースターをためすがめす眺めていると、魔導石が黒くなっていることに気がついた。
「あー……」
うめきながらリビングへと戻り、棚から白い魔導石を取り出すとトースターの中の黒いものと交換する。問題なくトースターが動き始めたことを確認してからミモザは黒くなった魔導石を魔導石用のゴミ箱へと捨てた。
魔導石というのはこの世界における電池のようなもので、これによりすべての機械は動いている。色は透明なほど純度が高く、内に含むエネルギー量も一度に出力できるエネルギー量も多いらしいが、まぁ一般家庭にある魔導石など白く濁ったものが普通である。エネルギーが切れると黒くなるため黒くなったら取り替え時だ。
(……電池?)
ふと疑問を覚える。それはこの世界にはない概念だ。
前世の記憶を思い出した時は色々と朧げでゲームのことしかわからないと思っていたが、どうやらエピソードが欠落しているだけで知識は覚えているようだ。無意識に変な言葉を口走らないように気をつけなければ、とミモザは脳内に注意事項としてメモをした。
そうこうしている間にチン、と軽い音と共に焼き上がったトーストを手にテーブルへと向かい、これまた薄くキイチゴのジャムを塗る。
ちなみにミモザ達に父はいない。いわゆる母子家庭である。ゲーム内では特に父親の存在に言及していなかったが、ミモザ達がまだ5歳くらいの時に亡くなったようだ。
そのためそこそこに貧乏な家庭である。それでも一般家庭とあまり変わらぬ水準で生活できている理由はここが田舎の村であり、食べ物は家庭菜園や森からの採取、近所の方からのおすそ分けで賄えているからだろう。
食事の後は庭に出て家庭菜園の手入れをする。草をむしり水をやるとそれぞれの野菜の育ち具合を見てうむうむと満足げに頷き、食べられそうなものでめぼしいものを収穫していく。きゅうりとキャベツが食べ頃だったため昼食用に採取する。
(今日はキャベツとベーコンのパスタときゅうりの和物だな)
ふー、と満足げに額の汗をぬぐう。汗がきらりと陽の光に反射した。
学校に通わなくなったミモザの生活は実に充実していた。
「チゥー」
胸ポケットに入っていたチロが不満そうに『最強の精霊騎士はどうした?』と聞いてきた。
それにミモザはサムズアップで応える。
「大丈夫!ばっちり考えてあるから!」
「チー……」
本当かなぁ、とチロは不信げにつぶやいた。
部屋の窓は閉め切られていた。暗い色のカーテンがしっかりと外からの光を遮断し、室内は真っ暗で淀んだ空気がただよっている。
中央には蝋燭が3本ほど据えられ、そこを中心として不思議な図形を組み合わせた陣のようなものが描かれた布が敷かれている。
のっそりと部屋の隅の暗闇から、シーツをまるでローブのように身にまとった人物が現れた。
ミモザだ。
その手にも燭台が一つ握られており彼女の動きに合わせてゆらりゆらりと光の波紋が部屋中に広がっていった。
普段は白い肌は蝋燭の灯りで橙色に染まり、ハニーブロンドの髪がきらきらと光を放つ。伏せられたまつ毛にもその光が反射し、神秘的な煌めきをその身に纏っていた。
彼女は陣の縁へとひざまずくと手に持った燭台をゆっくりと掲げる。
そのまま緩慢な動作でその手を左右へと振った。
「はぁーー、我に力をーー」
そのまま低く作った声で唱え始める。
「力をーー与えたまえーー」
ぶんぶんと上半身を左右に揺する。その姿はまるで深海で揺れるチンアナゴだ。
チロはもはや呆れて何も言わず背後からそんな相棒の姿を眺めるだけである。
止める人間のいないミモザはどんどんヒートアップしていく。
「はぁーー、我に力をーー…」
ぐるんぐるんと頭を揺らしながら調子に乗っていると、その時背後でかちゃり、と小さな音がした。
チロが振り返り目を見開く。
慌ててミモザへと駆け寄るとその足に齧り付いた。
「いたたたっ!もう何、チロ。今いいところ……」
言って振り返った先でーー、
真っ青な顔をしてドアの隙間からこちらを見ている母親の姿を見た。
真っ青な顔をしてミモザも固まる。
しばしその場に沈黙が落ちた。
先に動いたのは母、ミレイの方だった。彼女は手に持っていた荷物を取り落とすと両手で顔をおおった。
「ごめんね、ママ、ミモザは少しずつ元気になってきてると思ってたんだけどちょっと楽観的すぎたね」
「ち、違うよ、ママ!これはね!」
「無理しなくていいのよ、ミモザ。ママに相談しづらいようだったら他の人でも……、カウンセラーとかに行きたかったらママが探してあげるからね」
「違うんだって!これはおまじないなの!僕が強くなるためにね!お祈りをしてたの!」
「そう、おまじない……」
「そう!おまじない!」
二人はしばし無言で見つめ合った。
そしてミレイは何かを飲み込むように一つ頷くと、聖母のような微笑を浮かべた。
「そうなのね、ミモザ。それが貴方に必要なことならママは受け入れるわ」
なんだかすごく誤解されている気がする。
しかしそれ以上なにも弁明する言葉が思いつかず、ミモザは「ありがとう、ママ」と冷や汗をかきながら言うのが精一杯だった。
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