第3話 嬉しい誤算

 結論から言えばいじめ問題は解決した。

 ミモザが学校に通わず課題のみの在宅学習をすることを認めるという形で、だ。

 ーーあの後、学校は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 悪質なイジメとそれを担任の教師が見て見ぬふりをして増長していたことを重く受け止めた学校側が保護者との話し合いの場を設けたのである。

 それはミモザの狙い通りの結果だった。

 隣のクラスの担任教師は公正明大を自で行く人物で、曲がったことを許さない性格であることをミモザは知っていた。そして授業中に騒ぎを起こせば責任感の強い彼ならば駆けつけてくれることも確信していたのだ。

(でも意外だったな)

 誤算だったのはミモザの母、ミレイが想像以上に怒ったことである。

 ミレイは本来とても大人しく日和見な人間だ。それこそ周囲の人間に「双子の見分けがつかないと困る」と言われて髪型や服装を分けさせることで差別化を図るという行動に従うほどである。

 ミモザの小心者な性格は彼女から受け継いだと言っても過言ではない。

 だから今回の件もいままでのミモザがそうであったように、ミレイは困ったような顔をして事を荒立てず穏便に済ますと思っていたのだ。ーーけれど、

「ミモザ……っ」

 傷だらけのミモザを前に彼女は半泣きで駆け寄ると、すぐにその体を抱きしめた。

 そうしてミモザの怪我の具合を確認すると、キッと顔を上げ「一体どういうことなんですか!」とそばで説明のために控えていた教員に詰め寄ったのだ。

 これにはミモザは驚くのを通り越して呆気に取られた。これまでの人生で母がそんなにきつい声を出すところを初めて見たのだ。

 そしてその後も驚きの連続だった。学校側の説明を受け今後の対応の話になった時、学校側は再発を防ぐためにミモザを他のクラスに移すことを提案した。これはかなり思い切った案であると思う。学校側もそれくらい今回の件を重く見ていたということだろう。しかしそれにミレイは首を横に振った。

「それだけでは足りません。聞けばクラスの全員が今回の件に加担していたといいます。そしてそれに先生方は誰一人気づかず、担任の先生は隠蔽していたとか。その状況でどうして貴方がたを信用できると言うのです。クラスを変えたところで同じことが起きない保証は?事件になったことで逆恨みをされてさらにひどいことになるかも知れない。第一ミモザの気持ちはどうなるのです。みんなにいじめられていたことを知られているんですよ。それで何食わぬ顔をして明日から学校に通えと言うのですか!こんな酷い怪我を負わされて!」

 そこでミレイが提示した条件は二つである。

 一つはミモザの在宅学習を認めること。ミモザの気持ちが落ち着くまで、下手をすればそれは卒業までになるかも知れないがプリント課題をこなすことでそれを授業の履修と見なし、きちんと卒業資格も与えること。

 そしてもう一つはミモザが復学したくなった際にはそれを認め、その際には今回いじめに加担した生徒からの接触を一切禁じることである。

 ミモザから話しかけた場合はいい。しかし加害者側からミモザに近づくことはないように監視して欲しいという要求である。

 当然学校側は四六時中見張っていることはできないと渋ったが「ではもし同様のことが影で行われてもやはり気づくことはできないということですね」と強く言われてしまうと反論は難しいようだった。

 結局、落とし所としては一つ目の条件は全面的に認め、二つ目に関しては要努力で適宜聞き取り調査なども行いながら対応していくという形となった。

 ちなみにミモザとしては許されるならば学校になど二度と行きたくないので卒業まで在宅学習で通す気満々である。一部の熱血教師を除いて学校側も対応に困っている様子のため、ミモザが学校に行かないという行為は双方にとって益がある選択だと言えるだろう。

「ミモザ、ミモザ、ごめんね、気づいてあげられなくて。頼りないママでごめんね」と抱きしめながら泣く母親にミモザは自分が愛されていたことを知って泣きそうになった。

 てっきりこの母も人気者のステラのことを自慢に思い、ミモザのことを下に置いていると思っていた。だからこのような面倒ごとを起こしてはうっとうしがられると思っていたのである。

 しかし実際は母はミモザのために泣き、ミモザのために学校と戦ってくれたのである。

 誤算は誤算でもこれは嬉しい誤算だった。

 ちなみに今回の件でアベルは一気に評判を落として面子が潰れたようである。姉のステラにも「嘘をついていたのね、ひどい!」となじられたようだ。

 一度潰れた面子はもう戻らない。偉ぶってももう格好がつかないだろう。彼の王冠は剥がされたも同然である。

 ついでに担任の教師も首になり、その上この小さい村中に噂が回り爪弾きにあっているようだ。彼がこの村を出ていく日も近いかも知れない。

(ざまぁみろ)

 ミモザは母親に抱きしめられながらほくそ笑んだ。

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