第3話 夫婦の今後
ゼネバ大病院。一階大広間。
ザイウスとハーミレットは看護師から部屋を案内をされると、病院の大広間にある一室で椅子に腰を掛け、先ほどの看護師から初めて行う育児に関しての説明を受けていた。父親になったザイウスは、看護師からの説明を一字一句聞き逃すまいと集中して聞いている反面、母親のハーミレットは落ち着きを隠せず、壁時計や扉を頻繁に見ていた。
何せ、息子のゼネファーが誕生してから約
看護師とザイウスは、要点を聞いてもらおうとして時折ハーミレットに話しかけるも、その声が届いていない様子。
ザイウスは妻の心境を察したのか、自宅へ戻ったら妻に説明すると看護婦に言うと、相手もそれに承諾をして説明を続けた。
「以上で説明を終わります。ザイウスさん、ここまでで何か質問はありますか?」
「いえ、ありません。分かりやすく丁寧に教えて頂いてありがとうございます。帰ったら妻に話します」
「はい。分かりました。宜しくお願いしますね。では、これで説明は以上となりますので、私はこれで失礼しますね」
そう言うと看護師は席を立ち、二人に一礼をするともう一度ハーミレットに話しかける。
「ハーミレットさん。お気持ちはお察ししますので、もうしばらくお待ちくださいね」
少しの間、沈黙が続く。
しかし、その間、ザイウスは何度もハーミレットの名前を呼び、看護師の方に目線を送り話しかけられていることに気づかせた。
「…………あ、うん。すまない。承知した。時に、ゼネファーとはいつ会えるのだ?」
「もう少し、待っていて下さいね。もうじき会えると思いますから。それと、初めての子育ては大変だと思いますが、当病院も全力で助力するので、何か困ったことがありましたら
「あ、あぁ。その時は宜しく頼む」
「はい。それでは失礼しますね」
看護師は再び二人に一礼をした後、扉に向かって歩き出し部屋を出た。
再び扉が開き、二人はそちらに振り向く。
するとそこには、ベッドで寝ているゼネファーを連れて来たゼネバ医院長の姿があった。ハーミレットはすぐさま席を立ちあがり、ゼネファーの元へと駆け寄った。
「ゼネファー!」
「お二方。大変、お待たせしました。検査の結果、何処にも異常はなく健康ですよ。改めておめでとうございます」
「ゼネファー。ずっと、会いたかったぞ」
「すーっ、すーっ」
「奥様、今は眠っていますので、どうか気持ちを抑えて小声でお願いします」
「あ、あぁ。すまない」
ザイウスも息子の様子が気になり、音をたてないように歩み寄る。
「ほんとだ。よく寝てる。かわいいな。ね、ハーミレット」
「あぁ、ずっと見ていられる」
「同感だ」
「時に先生。抱いてみてもいいか?」
「ええ、構いませんよ」
ハーミレットは寝ている息子に手を伸ばし、起こさないよう慎重に自身の胸元へ抱き寄せた。
「ああ。間近で見ると更に可愛く見えるな。見てみろザイウス」
「うん。これから二人で力を合わせて育てていこうな」
「うむ。頼りにしているぞ」
自然と笑みがこぼれる夫婦。ゼネバ医院長もまた、そんな二人を優しい眼差しで眺めていた。
「さぁ。これで手続きは全てお終いです。道中、気を付けてお帰り下さい。また、困ったことがありましたら当院は全力で助力しますのでご安心を」
「はい、先生。ありがとうございます」
「あぁ、よろしく頼む」
「さぁ、帰ろうか。ハーミレット」
「そうだな」
夫婦はゼネバ医院長に一礼をして部屋を出る。
第五居住区。第一区域、第一区画。グレイベル家。
病院を後にして帰宅した夫婦は予め用意していたベッドにゼネファーを寝かせて、今後についての話し合いをしている。
「ザイウス。今後についてなんだが、ちと相談があってな」
「ん? どしたんだい? 急にかしこまって」
「私は、ゼネファーが大きくなるまでの間、隊を離れて育児のみに専念する。この事はシリウスにも話して承諾を得ている。だが、ザイウスには今まで通りに魔闘士としての任務を休まずに続けてほしい」
妻の言葉に思わず息を飲む。
「え、それじゃあ僕は育児に参加するな、と? 最初の頃と話が違うよ?」
「違う! そうではない! お互いの立場上の関係だ」
「と、言うと?」
普段温厚な性格のザイウスは、怒ったりすることはなく常に穏やかな表情でいる。けれど、この妻からの発言を聞いた瞬間、目つきが鋭くなりハーミレットを睨んだ。
「落ち着いて聞いてくれ。私の主な役割は新入隊員の育成や、模擬訓練などで指揮を執ることだ。だが、これは私でなくとも変わりの者でも問題はない」
「まぁ。お互いの立場って言うとそうだね。君は女性でありながら初めて魔法警備隊の隊長になった最初の存在。けど、何らかの形で隊長が不在の時には副隊長が代わりに任務を引き継ぐ。で、君はその任務を副隊長であるシリウスにお願いした、と。それは分かる。だけど、何で僕はダメなのさ? 僕も君と同じように、魔闘士を休止して育児に専念するつもりだったのに。何度も頼りにしているぞって言われてきたけど? どういうこと?」
「休止をすれば実力は格段に落ちる。現にザイウスの鍛錬は、通常では考えられないほど鬼畜だ。他の者が真似をすると、よほどの鍛錬を積んでいないとすぐに音を上げてしまう程にな。加えて、お前は王都ケフェウス内で上位に君臨する実力者だ。休止すると鍛錬が少なくなり中途半端で今より格段に弱くなっていくぞ」
「まぁね。でも、それは仕方がないこと。だけど、休止のブランクなんてすぐに埋めて見せるさ」
「落ち着くまでは数年はかかるだろう。だから、長期間のブランクなんてそう簡単に埋められるものではない。私の経験上な。指揮を執る者と、現役の最前線で任務を行う者とでは日々の鍛錬が違う。日々の鍛錬の積み重ねの結果が今のお前だ、違うか?」
「ふぅ、それに関しては否定は出来ないね」
「それに、ゼネファーが生まれたばかりの時、お前はボソっとこう言った。いつか僕を超えていく魔闘士になって欲しいな、ってね」
ザイウスは、妻の意外な言葉に思わず体が硬直してしまう。
「はは、聞こえていたのか」
「あぁ、その言葉を聞いてから考え方が変わってしまってな」
「病院では、あんなにそわそわしていたのにかい?」
「まぁな。ああ見えて、物事を同時に考えていたのだぞ。看護士からの説明もしっかり聞いていた」
「……全く、君のその能力には脱帽するよ」
「さて、話を戻そうか。ザイウスはゼネファーにどんな道を歩んでもらいたい?」
妻の問いかけに、しばらく沈黙する夫。
「確かに、僕は
「だったら、休止などせず今まで通りでいいじゃないか? 育児は、手伝える範囲で構わない。ゼネファーの前でも強い父親であって欲しいからな」
「いや。それでも僕は、育児と魔闘士を両立させてみせるよ。逆にその方が、今よりも強くなれる気がするんだ」
「いや、しかしだな」
「大丈夫だよ。商人とかの護衛任務をやらずに闘技場での試合だけに専念するから」
「まぁ、それなら多少は」
「だけど、いいのかい? 僕だけの要望を聞いて。君だって、ゼネファーにこうなって欲しいって思うことあるだろ?」
「いや、いいんだ。私は、生まれた時から魔法警備隊に入隊する将来が決定していて、他の選択肢を選ぶことは出来なかった。だから、ゼネファーには興味を持ったことに全力で取り組んで貰えればそれでいいと思っている。それが父親と同じ魔闘士なら尚更だ」
「そっか。そうだったね。君の家系は……。よし、分かった! これで話はまとまったね。僕は育児と魔闘士の両立で、今よりも結果を残す。んで君は育児に専念。だけど、無理はだめだよ? 育児は夫婦でやるものだ」
「あぁ。分かっている。すまない、変なことを言った。ありがとう。これからもよろしく頼む。それに、ザイウスこそ無理はするなよ?」
「あぁ、もちろんだ。さて、
「うむ。任せておけ」
この世界の魔法は詠唱で成り立っている 北條院 雫玖 @Cepheus
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