第2話 生命の誕生
二月十日。
王都ケフェウス。ゼネバ大病院内。
ここに
移動の最中、夫は励ましの言葉を寝台で寝ている妻に懸命に伝えている。
「ハーミレット! 頑張れ! もう少しで母親になるんだぞ!」
「何を言うかザイウス。あなたもこれから父親になるんだぞ? もちろん、その覚悟は出来てるだろうな?」
「当り前じゃないか。ハーミレットが妊娠したときから、今日この日を待ち望んでいたのだから心配はいらないよ!」
「ありがとな。ザイウス」
「さぁ、お二人ともお話はお終いです。もうすぐ儀礼の間ですよ!」
一人の看護師の言葉を聞いた夫婦は互いに見つめ合うと、息を合わすかのようにゆっくりと頷いた。
ゆっくりと儀礼の間への入り口の扉が開く。しかし、中に入ると夫婦は言葉を失う。部屋の中にいると言うよりも、自然の風景に溶け込んでいく不思議な感覚に陥ったのだ。
壁らしいものは見当たらず、周りを見渡せばどこまでも続いていそうな真っ白い空間が広がっていて、見ている方向に歩いていくと、その空間に吸い込まれていきそうになる。
だけど、よく観察するとその真っ白い空間の床には大きく描かれた魔法陣が設置されていて、その魔法陣からは見たこともない文字みたいなものが、淡い光とともに天井に向けて下から上に流れながら光輝いていた。
看護師は、妊婦であるハーミレットをその光輝く魔法陣の中央に
「ザイウスさん。失礼を承知して申し上げます。これから行われる儀礼はとても神聖です。それ故に、いくら夫という立場であれど儀礼の最中は魔法陣の外でお待ちいただきたく思います。ですので、私が指定した場所でお待ちください」
「わ、分かりました。……ハーミレット。僕はどうやら、この中にいちゃいけないみたいだ。だから、外で待ってるよ」
「そっか。それならば致し方がないな。分かった。では、私が呼んだら来てくれ」
「わかったよ」
そう言うとザイウスはその場を離れて、看護師が指定した場所まで移動する。
看護師はザイウスの居場所を確認するとゼネバ医師に声をかけた。
「それではゼネバ医院長。お願いします」
看護師がそう言うと、ゼネバ医師は深呼吸をしてからハーミレットの近くに歩み寄る。片膝をつけ、首元に着けている白銀のペンダントを手に取ると両手で優しく包み込み、祈りの儀礼をした後、医療魔法を詠唱した。
『新たな
次の瞬間。
光り輝く魔法陣がより強い輝きを発すると、その輝きは天井へと昇り一点に集約していき、握り拳ほどの大きさの球体に徐々に姿を変えていく。集約を終えた光はゆっくりと下に降りていき、ハーミレットの身体全体を優しく包み込む。
神々しく光るハーミレットの身体はとても美しく、周囲にいる人々を魅了した。
母体を包み込んでいる光はやがて腹部へと集まり、球体となり身体から切り離されるとふわふわと浮遊をしながらゼネバ医師の元へとゆらゆらと舞い降りた。また、床に設置されていた魔法陣は役目を終えると徐々に輝きが薄れていき、痕跡を残すことなく消失していった。
「神よ。この新たなる生命の誕生に感謝する」
そう言うとゼネバ医師は祈りを捧げて、目の前にある光る球体を両手で優しく抱きかかえる。すると、パンっと音が鳴ったと同時に抱きかかえていた生命の光が部屋中を無数に飛び散り、包まれていた光が消えゆく頃と同時に、
静寂に包まれた一室。
けれど、新たに生まれた
「おぎゃあああ。おぎゃああああ! おぎゃあぁあぁあぁ!」
部屋中に響き渡るほどの声量で、力強く、高らかに産声を上げている。
ゼネバ医師はそのまま、寝台で横になっているハーミレットに生まれたばかりの
「ハーミレットさん。とっても元気な男の子ですよ。さぁ、貴女の両腕で抱いてあげてください」
ハーミレットは、生まれて初めて見る我が子を目にすると、戸惑いながらもそっと自分の両腕に迎え入れた。
「この子が私とザイウスの子供か。ふふふ。何だろうな、言葉では到底言い表せない、この不思議な感情は」
「おぎゃあああ。おぎゃああああ! おぎゃあぁあぁあぁ! おぎゃあああぁあ!」
自分の両腕の中で泣いている我が子を無垢な瞳で見つめていると、
ハーミレットはその愛くるしい表情を見るやいなや、胸の高鳴りを抑えきれずに満面の笑みを浮かべる。
「ザ、ザイウス! 早くこっちへ来い! 今、笑った! 笑ったぞ!」
ハーミレットの一声ですぐさま駆け寄ったザイウスも、我が子を見た途端に自然と表情がやわらいだ。
「可愛いな。この子が僕と君との子供なんだね」
「あぁ、そうだぞ。これで私は母親で、あなたは父親だ。これからもよろしく頼むぞ」
「こちらこそ、改めて宜しくね。二人で大切に育てよう」
「そうだな。ではまずは、この子に名前を与えなくてはならないな。私はいくつか候補を考えていたのだが、王都の
「あぁ、分かってる。僕も考えているよ。ゼネファーにしようと思う。どうかな?」
「ゼネファー。ゼネファー グレイベル。いい! 良き名前ではないか! この子は今、この瞬間からゼネファーだ! よろしくなゼネファー!」
「これから宜しくね。ゼネファー」
夫婦は
だが、そんな楽しい会話はゼネバ医師の言葉で幕を閉じた。
「お話の途中に失礼します。嬉しい気持ちはお察しします。しかしながら、儀式が無事終わりましたので、もうそろそろこの場から移動しませんか? お子さんの健康管理や奥様の退院の手続きなどがございます。ですから、先ほどのお話の続きは、ご自宅へ帰ってからということでお願いいたします」
「わ、わかりました」
「あ、あぁ。了承した」
二人は名残惜しむように、我が子をゼネバ医師に預ける。
「ありがとうございます。ほんの少しの間だけですから、そんな悲しい顔をしないでください。この後、事務的な手続きを済ませたら、またすぐに会えますからね。では、失礼します」
ゼネバ医師は夫婦に一礼すると、抱きかかえているゼネファーを寝台に寝かせて部屋の外へと歩いていく。
ハーミレットは寂しげな表情で、部屋から出ていくゼネバ医師の背中をただただ見つめている。
けれど、これまでの一連の流れを見ていた看護師はハーミレットのすぐ側まで歩み寄り優しく話しかけた。
「ご出産、おめでとうございます。でも、そんな寂しい顔をしないで下さい。大丈夫ですから。さっき、ゼネバ先生が仰っていたように、ほんのひと時だけなので。あと、
「あ、あぁ。分かった。宜しく頼む」
「はい。ではご案内いたしますので、私の後に続いてください」
看護師はそう言うと、二人を案内し儀礼の間を後にする。
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