第46話 碧の守護者

 一方、グリフォンが着地したのを見て碧は背中から飛び降りる。それなりに高いところからながらも痛まない形での着地に成功した碧は、その間も前に進んでいたカラスの後を追う。


(モンスターの目の前に連れてってくれるワケじゃないんだね)


 カラスの後について歩く事数分。森を抜けて草原に出た碧は、その真ん中にいる巨大な紫色のサイクロプスを見る。


(サイクロプス……通常種ですら脅威度A+の強敵なのに、特異体の強さなんて想像したくもないな)


 しかし体の震えはなく、碧は巨人をジッと見据えながら腰に提げたククリナイフを鞘から抜く。


「でもまあ、やれるか! それに今日はツいてるし。せっかくだ、覚醒抜きにで、久々に賭けてやろう」


 果敢にサイクロプスに向けて走り出す碧。そんな碧が、全ての攻撃が『当たり』となって段階的に身体能力と自己治癒力が上がる『覚醒』を捨てたのには列記とした理由がある。


 特異体ゴブリン戦で碧が見せた『大当たり』。覚醒時には319分の1という低確率で出るそれだが、非覚醒時にはその確率が49分の1にまでアップするのだ。


 手に持った棍棒を巨人が振り上げると、碧はククリナイフを前方に投げ、90度左に方向転換して走り出す。


 寸での所で棍棒を避けられた碧。それに加え、巨人の腹に刺さったククリナイフはその肉を大きく円状に抉り、さらに碧の元へ帰って行く。


「やった! 初っ端当たり! やっぱり今日の私はツいてる!」


 赤いオーラに包まれた碧は、棍棒を伝って巨人の腕に乗り込み、その上を全力疾走する。巨人は碧を振り落とすべく腕を水平に振り、碧は反撃とばかりに再びナイフを投げる。


 しかしナイフが巨人に当たった瞬間、ナイフが弾かれると同時に碧の両腕に一筋のヒビが入る。

「痛っ……でも、依然問題なし」


 ヒビは1秒も経たずに埋まり、碧は空気を蹴って一気に巨人との距離を詰める。それを受け巨人は右足を後ろに振って碧を蹴り飛ばそうとするが――


「甘過ぎ!!」


 碧は右手を伸ばし、ナイフを自分の元に引き寄せる。ナイフの軌道は巨人の左足のアキレス腱を切断し、それにより姿勢を崩した巨人は後ろによろける。


 そうこうしてるうちに巨人の足元にたどり着いた碧は、巨人の足の甲を踏み台にして高く飛び、巨人の首をナイフで思いっきり斬りつける。


 その時、またしても当たりを引いた碧は空気を蹴ってさらに飛翔、ついには巨人のつむじが見えるほどの高度まで到達する。


(わかってたさ、腹を抉ろうが首を抉ろうがノーダメージだって事ぐらいは。やっぱり引くしかないか、大当たり!)


 ナイフを逆手に持ち替え、さらに両手で持つ碧。


「保留消化」


 碧の詠唱によって右目の色は紫色に戻り、代わりにナイフの刀身が赤色に染まる。

 1度目の大当たりを経て碧が得たのは、この『保留消化』の能力だった。


 日々の不運を積み重ね、それを幸運に変換して解き放つ事で碧は1度だけ大当たりの確立を大幅に引き上げる事が出来る。


(右目は確か、赤色に変わっていた覚えがある。つまり消化した保留は赤保留、それによって大当たりの確立は4分の1になってるはず。今の私になら、引ける!!)


 降下が始まったのをみた碧は同時にナイフを天高く掲げ、そして着地と同時に巨人のつむじに思いっきりナイフを突き立てる。


 ――しかし、ナイフが巨人の頭に突き刺さることはなく、ナイフはひとりでに自壊してしまった。


「な、に……?」


 さらに腕と顔に無数のヒビが入り、みるみる内に大量の血がそこから流れ始める。さらにその時、巨人の頭が大きく動いた事で碧は振り落とされ、力なく地面への降下を始める。


(ハズした! 4分の1を、この土壇場で!!)


 碧はそのまま背中から地面に着地し、その衝撃で口から血を吹き出す。そんな碧に向け、巨人はゆっくり棍棒を振りかぶる。


(この私が、そんな高確率を外すなんて……パチンコの女神だけじゃなく、ついに勝利の女神からも見放されたかな)


 既に傷は治っていたが、碧の気はすっかり滅入っていて立つ気力を失っていた。


(見誤った。二回連続当たりで一呼吸置けば良かった物を……また、あの時みたいに絶体絶命のピンチになっちゃった)


 碧の脳内に、ゴブリンとの戦いの回想が流れ出す。


(そうだ、あの時大当たりを出した状況も、またこんな風なピンチの時だったじゃないか。だがやれるのか? 保留を使い切った今! 49分の1を引くなんて!)


 棍棒の影は碧の全身を包み、棍棒に体が押しつぶされる未来はもうすぐそこまで来ている事を碧に予感させる。


「……いや、やれる! やらなきゃダメなんだ! 子供達は無理を押して私達をここまで連れてきてくれた。その努力を私が無下にするわけには、いかないんだ!!」


 棍棒が目と鼻の先にまできたその時、碧は棍棒を右手で殴りつける。すると棍棒は大量の火花と共に砕け散り、塵と化して風に乗る。


 それに驚く巨人に向け、凄まじい量の赤いオーラを纏った碧はゆっくりと近づいていく。


「気分良好」


 シャツの第一ボタンを外し、胸元からメリケンサックを取り出して右手にはめる碧。それから一瞬で巨人の目の前に現れ、思いっきり頬に殴打を喰らわせた。


 すると巨人は後ろによろけ、尻餅を着いた後に頬を両手で押さえてもがき始める。


「悪いけど、余裕こいてる暇ないから一撃でノックアウトするね」


 碧は巨人の顔に乗り、4回全力で蹴りつけたあと3回右手で殴る。すると巨人は顔を横に傾けて気絶し、それを受け碧も顔から飛び降りる。


 それから碧はふと空を見上げ、二体のヒュドラとその他大勢のモンスターが戦っている光景を見る。


「うーわ、ヒュドラが二体も出てるよ。でもこの状態の私ならあの中に混ざっても良さそう。何とか間に合ってくれ……」


 碧は空気を蹴り、ミトラのいる戦場へ向かう。そんな碧の表情は、隠しきれないほどの不安に満ちていた。

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