第47話 災い去って、また――

 その一方、ミトラは地面に膝を突いて呆然としていた。そんなミトラの傍らには、ぐちゃぐちゃになった蜂の破片が散らばっている。


(蜂の素早さと小ささならビームも簡単に避けられると思ってたのらけど……ヒュドラの奴、生意気にも偏差撃ちして消してきやがったのら!)


 さらに、ヒュドラに現在進行形で立ち向かっているイエティやグリフォンもヒュドラの噛みつきによって各々肉をちぎられ、消滅してしまう。


 最終的にミトラが召喚した灰色ヒュドラと1号が用意したヒュドラの一騎打ちが行われる事となったが、灰色のヒュドラは終始圧倒されていた。


(噛みつく隙すら与えない敵ヒュドラの猛攻! これじゃ、他のモンスターみたく殺されるのも時間の問題のら。もう召喚に必要なエネルギーは残ってないのに!!)


 膝の上に置いた手をぎゅっと握り、歯を食いしばるミトラ。そしてついに、灰色ヒュドラの抵抗も空しく敵ヒュドラに三本の首の喉笛を同時に噛まれてしまう。


(終わった……!)


 そして灰色ヒュドラ喉笛を噛みちぎられようとしたその時……


「間に合ええええええええ!!」


 その声に反応してミトラが上を見ると、そこには敵ヒュドラに殴りかかる、青いオーラを放つ碧の姿が小さいながらもあった。


 碧は敵ヒュドラの二つの頭をそれぞれ一発ずつ殴っていき、続けて灰色ヒュドラの頭に乗り移って首を滑り落ちる。


(まさか碧にあんな無茶苦茶なことができたなんて……)


 まもなくして、碧は前方からミトラの元に駆け寄る。そんな碧には、空中にいた頃にはあった青いオーラが消えていた。


「ふう、間に合った……」

「碧、そっちにいたモンスターはもう倒したのら?」

「危なかったけど、大当たりを引いたお陰で倒せた。だから大当たりの効果時間中に、ヒュドラにも能力を適用してしまおうと思って急いで来たんだ」

「大当たり? 何のらかそれ」

「詳しくは後で。それよりほら、上を見て」


 指示通りに上を見ると、敵ヒュドラが口をあんぐり開けながら上を向き、首をうねうねさせている様子が見えた。


「今、チャンスなんじゃない?」

「本当だ! 行けヒュドラ! 根元に噛みいて毒を流せ!!」


 灰色ヒュドラは敵ヒュドラの根元に噛みつき、毒を注入して消滅する。すると残り二つの首も紫色に染まり、やがてボロボロに崩れおち始めた。


 その光景をみてハイタッチを交わすミトラと碧。


「やった! これで討伐完了だね!」

「間に合ってよかったのら……もう出せるモンスターなんかなかったから。本当にありがとうございますのら、碧」

「私はただトドメを刺すサポートをしただけ。君がここまで耐えてくれたからこの結果を引き寄せられただけで――」


 その時、ミトラと碧はズシンという重い足音と振動を感じる。再び上を向くと、三つ首を失ったヒュドラの胴体がひとりでに歩き出している事に気づく。


「嘘、頭を失ったのに動いてるなんて! 知人に聞いたけど、ヒュドラって喉元に心臓があるんじゃないの!?」

「……コイツは組織の主力。弱点を通常種そのまんまにするのかとは疑問に思ってたけど、まさか胴体に置くとは……またしても意表を突かれたのら」

「何とかならない!?」

「さっき言ったのらよ、もう出せるモンスターはないって」

「そんな、私も大当たりの効果切れちゃったしどうすれば……」

「あの胴体を消せば良いんだな」


 二人が振り返ると、そこには全身の服が土で汚れた万有がいた。万有は咳き込み、血を吐き出している。


「どうしたの万有、そんなボロボロで――」

「それ以上来るな。ミトラ、碧を連れてなるべく遠くに逃げろ」

「わ、わかったのら」


 ミトラは碧の手を引いて万有の横を通り過ぎる。二人の姿が消えたのを見た万有は、両手を突き出してコスモを展開する。


(超大型モンスターと遭遇して、通常の5倍の規模のコスモと0.005秒のブラックホールを出すハメになった。それだけでもヤバイのに、お次はヒュドラの後始末だあ? こりゃ明日は一日動けんな)


 ヒュドラを丸々包み込むコスモの大きさは50m。通常の半径の10倍もの大きさのコスモを展開した万有は、この時既に激しい咳で大量の血を吐き出す程の負荷を抱えてしまう。


 コスモの中に入ったヒュドラの胴体だったが、構わず歩き続けている。


(コイツは重力への適応を持っている。本来なら能力による攻撃は例外なく通じない……だが)


 万有は右手を開いて前に出し、その先に隕石を集めて小さな『星』を作る。


(それはあくまで能力による影響を直接受けた攻撃による場合のみで、間接的な攻撃なら効く。例えるなら、人が投げたボールは効かないが、ボールが地面に落ちた際に地面から弾いた小石は効く言った所か)


 万有が手の平の前に出現させた星はやがて青く光り出し、ブルブルと震え出す。


(今は使えないブラックホール以外で、唯一適応を突破する方法。それは、『超新星爆発に付随するガンマ線バースト』だ!!)


 やがてその星は凄まじい光を放って爆発し、それと同時に、ヒュドラの胴体を丸々包む程の巨大な白いビームがヒュドラの体を焼き尽くす。


 ビームは数十秒にわたってヒュドラの体を焼き続け、それが終わると、丸焦げになって地面に崩れ落ちるヒュドラの胴体が現れた。


 それを見た万有はコスモを解き、片膝を突く。万有の顔からは滝のような汗が噴き出ており、顔面も蒼白となっている。


「これ……ダメだ……本当にしんどい……」


 ついには背中から地面に倒れ、大の字に寝転んでしまう。


「だが、これで半年にわたる因縁も終わりだ。マジでもう、冒険者稼業はこれっきりだ。二度とこんな大変な仕事には戻らないぞ……」


 そう愚痴をこぼす万有。しかしあるとき、万有はヒュドラの亡骸がある方角から異音が発せられている事に気づく。


「……おいおい、嘘だろ?」


 その異音の正体は、亡骸にヒビが入る音だった。ヒビは徐々に広がっていき――


 やがて、亡骸を破って何かが飛び出した。

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