第34話 悪役買うは大人の責

 全身包帯グルグル巻きになった状態で、お椀の中身にがっつくアレン。


「……アレン兄ちゃん、何があったのら?」

「簡単に言えば、アイツへの尋問に邪魔が入ってこうなった。情報自体は取れたんだが、見ての通りそいつに手酷くやられちまった」

「邪魔者が入ったって……あの場に生き残りがいたの?」

「外から騒ぎを嗅ぎつけて来たっぽい。そして、その邪魔者は僕にこう名乗った。『被検体1号』とね」

「1号! 黒髪の子のらね、よく知ってるのらよ」


 アレンはお椀を置き、ミトラの方を向く。


「ヒュドラの手下であるスライム・ゴブリン・エルフ・ゴーレムは全員そいつが動かしてるんだ。だから1号について、知ってることを全部教えてくれ」

「1号は6体居た被検体の中でアタシの次に強い奴だったのら。博士はアタシを『持続力の4号』と言ってたのに対し、彼には『瞬発力の1号』って評価を下してたのらね」

「瞬発力の1号?」

「1号は一種類のモンスターにつき一度しか召喚できない代わりに、召喚したモンスターに『相手の能力に完全に適応する』能力を付与するのら」

「確か、能力に適応されるとその能力による攻撃が全く効かなくなるんだよね?」

「そうのらね。でも適応するのは一体につき一個だけ、故に1号は対多戦に弱いのら。でも狡猾なアイツのことだ、対策はしてそうのらけど……」

「アイツの手札は?」

「残るはゴーレムとエルフの2つだけのはずのら。ただ、気になる所もあるのら」

「聞こう」

「アイツは召喚に使うエネルギーを体内にあまり多く持たないのら。だからどんなモンスターであっても一度に一体までしか召喚できない上、一日に二体までっていう制限がついてるのらよ」

「じゃあ私がゴブリンを倒して以降追撃が無かったのは、オークとゴブリンでエネルギーを使い果たしたからって事?」

「そうのら。でも、万有が見たというオークは大量に居たと聞くのら。何か、違和感を感じざるを得ないのら」

「だがそのオークの秘密を知ってるであろう博士は自爆して死んじまった。何かあるにしろ、有事が起きてからじゃ無いとその正体に気づけないのが厳しい所だな」


 再びお椀を拾い上げ、おたまで鍋の中身をすくい取ってお椀に注ぐアレン。そんなアレンの表情に一瞬歪みが生じたのを、ミトラは見逃さなかった。


「アレン兄ちゃん、まずはゆっくり休んで傷を治すのら! 鍋が食べたいならアタシが食べさせてあげるのらから!」

「ダメだ、腹一杯食ったらすぐにでもここを出る。僕の復讐を台無しにした罰を、あの憎たらしいバカガキに喰らわせてやらねば気が済まん」

「そうとう怒り心頭のら……こうなった兄ちゃんは止めようが――」

「いい加減にしてよ!!」


 碧が唐突に出した大声に、思わず肩を震わせて驚くアレンとミトラ。


「無理しようとしないで! アレン君ったら、自分が子供だって事忘れてるでしょ! ミトラちゃんもそうだけど、君達の年の子が無茶してるのを見てると私、胸が苦しくなるの!」

「……別に無茶じゃない、放っておいてくれ」

「いいや、放っておかない。君はまだ気付いてないだろうけど、私が巻いたその包帯にはある仕掛けを施してあってね」


 碧が手に持った包帯を後ろに引くと、アレンは背をぐっと引かれる感覚を覚える。そうして振り向いたアレンは、碧が持ってる包帯とアレンの体に巻かれた包帯が繋がっている事に気づく。


「君がマントの中に隠し持ってた刃物も銃器も、全て取り上げて別の所に保管してある。だから大人しく寝てな」

「……クソ」


 机を叩き、歯ぎしりをするアレン。そんなアレンの傍らに歩み寄り、背中を擦るミトラ。


「アタシからもお願いするのら、アレン兄ちゃん。もう兄ちゃんは十分働いたのら、だから後はアタシに任せて、ヒュドラとの決戦の日までゆっくりしてて欲しいのら」

「ミトラ、お前……」

「第一、今の兄ちゃんの状態じゃ1号に会っても何もできないのら。そんで死んだら父ちゃんから大目玉を食らうのらよ、『ハルの戦士がする死に方じゃないだろ!』って」

「ああ、親父ならそう言うだろうな」

「父ちゃんの大目玉はこわ~いのらよ? ドカーンって怒って、それからバコーンって頭殴って、かと思えば最後はネチネチ小言を言ってくるのら」

「ハハハッ! そうだったな、あの叱り方が嫌だから僕達は街で悪さをしなかったんだよな」

(アレン君が笑った……余計なことをせず、最初からミトラちゃんに全て任せてればよかったかも)

「思い出した、確かに今は親父に会いたくねえな。黙って寝ることにする」


 席を立ちベッドに向かうアレン。碧も包帯から手を離し、アレンが座っていた椅子に座り込む。


「ありがとう、落ち着かせるの手伝ってくれて」

「私はただ彼の機嫌を損ねただけ。何もしてないどころか、何もしなきゃよかったまであるよ」

「いやいや、ああいう手に出てでも怒りを抑えないと兄ちゃんはまともに話を聞いてくれないのら。だから、碧が悪役を買ってくれて助かったのら」

「……そう? ハハ、ならよかった! タバコ吸ってくるから、見張りよろしくね!」


 笑顔を取り戻し、軽い足取りで外に出る碧。その場に残されたミトラは、鍋に直接口を付けて中身を胃に流し込む。


 中身を平らげたミトラは腕で口元を拭き、それからタンスの中から黒いジャケットを取りだし袖を通す。


「何処へ行く」

「万有と合流するのら。1号の狙いは恐らく、万有に対しエルフとゴーレムを同時にけしかけて勝利する事」

「だが向こうには元S4の佐々場万里がいるんだろ?」

「そうのらけど、二体同時となれば万里さんの能力も対策されそうのらね。万里さんの事だから万が一にも備えてそうのらけど、一応行くのら」

「そうか、なら気を付けて行ってこい。そんで、死ぬなよ」

「大丈夫のらよ、まだ父ちゃんに会いたくない気持ちはアタシも同じのらから」


 ドアノブに手を掛けるミトラ。それから振り返り、アレンに軽く一礼してから外に出る。


「……まるで別人だな。僕としたことが、すっかり置いてかれちまった」


 一人部屋に残されたアレンは、寂しそうにそう呟くのだった。

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