第33話 師弟再会

 一方、万有は佐々場万里のいるバウムクーヘン屋にジュラルミンケースを持って訪れていた。


 店のドアを叩くと、見覚えのある銀髪の女性が顔を出す。


「あれ、万有君じゃん。どうしたの?」

「単刀直入に言います。万里姉、もう一度俺の師匠になってください」

「ええ? いまさら? 君に教える事なんてもう無いわよ」

「万里姉の力が必要なんです。俺に無くて万里姉にはある能力を開発する力、今の俺にはそれが必要なので」

「そういうことね。でも最近事業が好調でさ、私がいないと店が回らないというか――」

「そう言うと思って、俺の金で四人ほど雇ってきました」


 万有はケースの中から四枚の書類をとりだし、万里に渡す。


「一週間で13万っていう労働条件を付けたらホイホイ応募が来ましてね。俺の方で腕の良い労働者を厳選しておきましたから、仕事ぶりについては保証しますよ」

「……アハハ! 本当に現実になってる! あの予知は外れじゃなかったのね!」

「?」

「私の見る予知ってさ、ごくたまに外れることがあるんだ。つい昨日その予知を見た時に、これは外れかなって思ったんだけど……まさか当たりとは」

「それで、請け負ってくれるんですか?」

「もちろん請け負うわ。私抜きでも店が回るよう、一人のスタッフにバウムクーヘン作りのレシピを教えてあるから。それに君が雇ってきたスタッフの手を借りれば十分よ」

「それでは一週間、よろしくお願いします」

「はいはい、よろしく~」


 ドアを全開にして外に出る万里。その服装はガチガチにお洒落をしたもので、白いフリルブラウスに黒いフレアスカートというものだった。


「……ああ思いだした、万里姉って結構なお洒落な普段着を着てるんでしたね」

「行くよ」

「どこへ?」

「映画館。これから四日、君にはそこに籠もってあらゆるジャンルの映画を見て貰うわ。想像力を育むには、そういうエンタメに触れる事が第一よ」

「閉館時間は?」

「映画館の近くにあるホテルに泊まって見て貰うわ。当然、起床時間は開館時間の40分前よ」

「言及に困る絶妙な早さですね……まあいいや、行きましょう」

「あっ、ちょっとまって」


 万里、肩から提げたミニポーチの中からバウムクーヘンの袋を取り出す。


「昨日売れ残った奴、あげる」

「……これが?」

「うん。三ヶ月前にミトラちゃんがここに来たあの日から、1/2本のボックスがかなり売れるようになってさ。その袋も売れるには売れるんだけど、2週間に一個、余ることがあるくらいには人気が落ちてる」

「じゃあこれはその余った奴ですか。有り難く頂きましょう」

「そういえば万有君、私のバウムクーヘン食べるの初めてだよね」

「三ヶ月の予約待ちをするほど、俺は気が長く無いですからね……うわ、美味い」

「でしょ? ヒュドラの件が平和になったら一本買いにおいでよ。それでミトラちゃんと分けて食べな」

「そうですね、これくらい美味いなら一本まるまる買っても飽きは来ないでしょうし。だが取り置きは要りません、自分の手で予約して買いますから」

「いいの? それじゃあ一年待ってね」

「……やっぱ取り置いて貰えませんかね?」


 そんな会話をしながら、万有と万里は駅に向かうのだった。


 ◇  ◇  ◇


 万有が特訓に打ち込んで居る中、山小屋にいるミトラと碧は平和な日常を楽しんでいた。


 とはいえ暮らし方には大きな違いがあり、ミトラは必死に洗濯や料理などの家事に勤しむ一方、碧はベッドの上から殆ど動かずダラダラしている。


「昼ご飯出来たのらよ!」

「ん、ありがと」


 ゆっくり体を起こし、机に移動して座る碧。しかし食器が見当たらず、碧は机の右側のあちこちを触って探している。


「あっごめんのら! 碧は今右目が見えないから、右に食器置いちゃいけなかったのらね」

「いや大丈夫。ちょっと右を向けば……あったあった、これでよし」


 碧の右目は、右目を覆い隠すように額に巻かれた黒い包帯によって隠されていた。


「しかし治り遅いなあ。眼球自体はもう治ってるはずなんだけど、視神経がまだ復活してないんだよね」

「普段から不便そうにしてたのらから、早く治って欲しい所のら」

「両目揃って見える事の大事さに気付いたよ。ところで、これ何?」

「え、玄武鍋のらけど」

「そんなさも既存の物かのように言われても」

「前に万有が持ち帰って捌いた玄武の肉が冷凍庫の中に余ってたから、それでスッポン鍋を作ったのら。いろんな良い効果があると聞くし、今の碧にぴったりの料理のらよ」


 お椀に鍋をよそい、碧の前に置くミトラ。そのおおよそ食べ物とは思えない見た目に尻込みする碧だったが、覚悟を決め、目を閉じて口に入れる。


 しばらくもにゅもにゅと肉を噛む碧。それから碧は目を見開き――


「美味しい!!」


 と叫び、ミトラからおたまを取り上げて次々中身をよそっていく。


「少なからずこの手のうまみは亀からするはずのない類いの物のらけど、美味しいのらよね」

「こんなに美味しいならいくらでも食べられそう!」

「もう万有の分はよそってあるから、全部たべていいのらよ」

「やった! じゃあ全部平らげてしまお――」

「それ、よければ僕にも分けてくれないか……?」


 入り口の方からした声に驚く碧とミトラ。恐る恐る入り口の方を見た二人は――全身傷だらけで、血まみれになったアレンの姿を見る。

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