最終章:災いの子達編

第32話 被検体1号

 世界進化計画とのいざこざから3日後。旧研究室においてアレンは、椅子に縛り付けられた男を睨み付けていた。男は目隠しをされたまま天を仰いでおり、全身をガタガタ震わせていた。


 男の腕には細い透明なパイプが繋がれており、そのパイプは赤く染まっている。


「おいお前、いつ情報を吐く気だ。そろそろ失血量は800ミリリットルになる、あと200ミリ抜かれたら死ぬんだぞ」

「ふ、ふん……もうヒュドラは完成してる、もはや私の命は……要らぬのだ」

「なんだお前、死ぬ覚悟あるのか。なら方針転換だ」


 アレンは男の腕から強引に針を抜き、抜き取った血液がはいった輸血パックをクーラーボックスに入れる。


「今までに費やした40時間弱を返せと言いたいところだが、それはお前の苦しむ顔と声で帳消しにする事にした」

「な、何を――」


 その時、アレンは突然男のみぞおちを全力で殴りつける。唾を吐き出して悶える男を余所に、アレンは再び席に着く。


「これからは、俺が気が向いたときに殴る。殴るのは5分後かもしれないし、10時間後かもしれない。だがハッキリ言えることは……苦しいだけで、死ねはしないって事だけだ」

「あ、ああ……」


 男の体の震えはさらに大きくなり、それに伴って椅子もガタガタ音を立て始める。その音に遂に絶えられなくなり――


「い、言う! 私の知ってること、全部言う! だから目隠しを外してくれ!!」


 アレンは立ち上がり、目隠しをとる。ほっと一息つく男の目の前にアレンが拳を突きつけると、男はビックリして体を大きく震わせる。


「知ってること、全部吐け。隠してる情報があるなと思えば一発撃ち込むからな」

「わかった! 分かったからそれだけは!」

「……ったく、さっきまでの威勢はどうした。まあいい、話せ」

「その前に拘束を解いてくれないか? 手が痛くて、うまく記憶を掘り起こせないんだ」

「……妙な事すんなよ」


 そっと男の背後に回り、手首に巻いたテープを切るアレン。すると次の瞬間、男はすっと立ち上がって胸を強く叩く。すると男の全身を包む程の爆発が起き、間もなく男は全身黒焦げになって倒れる。


「嘘だろお前!! まだ何も聞いてねえだろうが!!」


 黒煙を発する男の体を揺さぶるアレン。しかし応答は無く、少しして立ち上がったアレンは額に手を当ててうつむく。


(奴の演技にまんまと騙された! まさか胸に爆薬を仕込んでたなんて……油断した、最後の最後で)


 フラフラとおぼつかない足取りでよろめき、椅子にドスンと座り込むアレン。しかし間もなく、部屋の中に入ってくる足音を聞いて立ち上がる。


 そうして音のする方向を向いたアレンが見たのは――黒髪赤目の、白衣を着た少年だった。


「誰だ!」

「博士は己が使命を果たし逝きましたか。お疲れ様です、後の事は私にお任せ下さい」

「お前は誰だと聞いている! 組織の生き残りか! ならここで――」


 拳銃を少年に向けるアレンだったが、突きつけた瞬間、目前に瞬間移動してきた少年にスライドを引かれて発砲できなくなる。


「ハル街の生き残り、アレン・ハル。二年間求め続けた復讐がこんな形で終わって、どんな気分ですか?」

「……最悪だよ」

「でしょうね。銃を捨てて下さい、さすれば私の正体を開示しましょう」


 アレンは少しの間少年を睨んだ後、銃を乱雑に地面に投げ捨てる。


「自己紹介の前に一つ質問を。貴方、災いの子計画についてはご存じで?」

「まあそれなりに」

「ならば話は早いですね。私は『被検体1号』、ミトラ・ハルこと被検体4号とは同郷の人間です」

「1号だと……? ミトラ以外の被検体は、ミトラが6才を迎える前に全て廃棄されたと聞いたが」

「ええ、確かに私は一度廃棄されました。しかし4号の廃棄を受け、私は再度組織に拾い直されたのです。『計画は4号主軸で勧めたいが、1号も可能性はある』としてね」

「そんな妥協案的に拾われて、よくあんな忠誠心ありげな言葉を吐けたもんだな?」

「組織から生み出された生命が、組織に絶対の忠誠を誓うのは当然のことでしょう」

「そう言う思考を植えられてんだな被検体は。ったく、ミトラは組織から捨てられて正解だったな。危うくこいつみたく、不自由の化身になるところだったんだから」

「何とでもいいなさい。もうじき滅びる社会に属する生命に何を言われようと、私には通じません」

「……なんだって?」


 地面に1枚の写真を投げる1号。それを拾い上げたアレンは、写真の中にいるモンスターを見て腰を抜かす。


「こ、こここ、コイツは……!!」

「ご想像の通りです。『災いの龍・ヒュドラ』。ハル街を襲ったソレよりはるかに進化した、組織の最高傑作です」

「か、完成してたのかよ!」

「ええ。ですが起動には4号の生体情報、ヒュドラの配下たる4体のモンスターが戦闘で集めたエネルギーが必要なんですよ。前者は博士が集めて下さったので、残るは後者だけです」

「戦闘で集めたエネルギーだと……? それじゃ、討伐する行為がヒュドラの復活に近づくって事かよ!」

「ご名答。既にゴブリンの討伐で得たエネルギーはヒュドラへ転送済みです。スライムに関してはどうしてかエネルギーを取り出せなかったのですが、まあその分はゴブリンが補ってくれたので」

「ハッ、じゃあ僕がそのモンスター共を討伐するなと皆に言えば良いだけの話だ」

「そしたらそのモンスターによってこの世界は滅びますよ。奴らは無抵抗の人間も構わず殺しますから」

「くっ……」

「それに、この情報を知った貴方を生かす事は出来ません。よって――」


 胸の前で両手を交差させる1号。すると、1号の背後から紫色の岩で出来たゴーレムが出現する。


「ここで死んで貰います」

「その構え……そのモンスター! 紫色のモンスターは全て、お前が使役するモンスターだったのか!」

「ご名答。しかしいくら答えを出そうとも、他の連中に伝えられなきゃ意味なきこと。一足先にあの世に行き、この世の滅びを拝みなさい」


 ゴーレムはアレンに襲いかかり、その豪腕を振り下ろす。部屋中に凄まじい轟音がすると同時に1号は背を向け、研究室を去るのだった。

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